夢 | ナノ

crazy for you 2

10月に入ると哲ちゃんの帰りは少し早くなった。秋の大会が始まるかららしい。試合があるのに練習が少なくなるのが不思議だと言うと、夏に追い込んだ分、体調を整えるのだと哲ちゃんは言った。

「ごめんね、よくわかってなくて」

学校が違うから、会えるのは週に一度、こうして私が哲ちゃんのお家にお茶のお稽古をつけてもらいにくる日だけ。それも哲ちゃんが帰ってくる時間を私が見計らって、お稽古を終わらせるからだ。だから少しでも「できた彼女」になりたくて、いろいろ野球のこととか勉強しようとするけれど、なかなか難しい。

「気にするな」

哲ちゃんは、私の無知に優しく笑うと、私の頭に手をのせた。くしゃくしゃとするわけでも、なでるわけでもなく。ただ、その大きな手をのせた。それだけなのに、心臓が飛び出そうなくらいドキドキする。その手が離れた後に、なんだか名残惜しくて自分の手で残った感触を確かめるように触る。

「それより…」
「何?」
「手は寒くないか」

さっきの余韻をあっさりと台無しにするような言葉に、あぁまたかと哲ちゃんの背後に、いもしないチームメイトが見えた気がした。きっと手をつなぐきっかけに、そう言えと言われたのだろう。そんな光景がありありと浮かぶ。

「哲ちゃんは、手が寒いの?」
「いいや」
「だよね」

思わず笑ってしまう。そこで「いいや」と言い切るのが哲ちゃんのいいところだ。

「純と亮介だっけ」
「…お見通しか」

いろいろと入れ知恵してくれるチームメイトの名前を挙げると、むむむっと哲ちゃんはうなる。

なかなか面白いけど、哲ちゃんには哲ちゃんの良さがあるのに。さっきみたいに何気に頭に手をのせるとか。彼らの入れ知恵よりも哲ちゃんが素でした些細なことの方が私にはときめきなんだけど。それ、彼らに伝える方法はないのかなぁ。

「哲ちゃんは哲ちゃんでいいんだから」
「そうなのか」
「うん。哲ちゃんが、自分でしたいと思ったこと、してくれていいんだけど」

私だって、哲ちゃんに触れたいと思ってる。何も言わずに手を伸ばしてくれていいのに。けれど哲ちゃんは首をふった。

「それは、ダメだ」

強い否定にびっくりする。

「どうして」
「順序ってもんがあるだろうと純に怒鳴られた。だから、まずは手をつなげと」

まずは手からって、怒鳴られたって、いったい何がしたいと思ったんだろう。真顔の哲ちゃんに聞き返す勇気はない。ただなんだか急に恥ずかしくなってきた。さっきのドキドキ以上の落ち着かない感じだ。そんな居心地の悪さを払拭するように私は早口になる。

「そっか、うん。やっぱり、えっと。助言って大事だよね。ねっ」
「そうだな」

私の焦った様子を目を細めて見た哲ちゃんは、じゃあ、まずは手からだなと、その大きな手で私の手を取った。


20141107ブログより転載


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