夢 | ナノ

crazy for you 1

夜の九時を回った。九月に入ったといっても、この時間でもまだむしむしと暑い。住宅街の一角は電灯と家々の灯りで、ぼんやりと視界を照らしている。目をこらせば、向こうから哲ちゃんが歩いてくるのがわかった。青道の制服にエナメルバッグを肩から斜めにかけている。こんなに遅い時間まで部活をしている。

気づくかなと思って、手を振ってみる。すると哲ちゃんも私に気づいたようだった。心なしか少し早足になったように見える。

「おかえり」
「あぁ、稽古は終わったのか」
「うん、今から帰る」

哲ちゃんのお家の玄関前で、少し立ち止まって会話交わす。哲ちゃんのお祖母さんは茶道の先生で、お家でお稽古をつけてくれる。私は中学に入ってから通うようになった。そして、お稽古帰りに上手く哲ちゃんに会えるようにタイミングをいつも計ってたりする。

だって、一目会いたくて。

夏にびっくりするほど焼けた肌は哲ちゃんをとても男らしくみせる。会うたびに初めて恋したみたいにドキドキと胸が高鳴る。いつになったらドキドキしないで会えるんだろう。

「送ろう。待っててくれ」
「え、いいよ。疲れてるでしょ」

この秋から野球部のキャプテンになった哲ちゃんには少し疲れが見える。責任感が強いし、練習もたくさんしているんだろう。真面目なだけに、きっと心身共に大変なはずだ。それくらい緩い女子高でのんびりすごしている私でもわかる。

けれど、哲ちゃんは首をふる。

「疲れてるからこそ、送りたいんだ」

それは私にはすごく甘い言葉だ。送ってもらえれば、少しでも長く一緒にいられる。だから内心うれしくて仕方ない。でも哲ちゃんの体のことを思うとこんなことで喜ぶなんて彼女として失格だと思う。できた彼女なら送らせたりしないだろうし。

それでも疲れているからこそって言われると、断れない。私と一緒にいることが哲ちゃんにとって癒しというか、励みというか、そういうのになっているのなら、自惚れもいいところだと笑われても、私は喜んで送ってもらうことを選ぶ。

哲ちゃんはエナメルバッグだけを置いてきた。そして、私の軽い鞄に手を伸ばした。

「いいよ、大丈夫。全然重くなんてないし」

入っているのは貴重品と帛紗ばさみだけだ。そんなこと哲ちゃんもわかっているはずなのに。

「人質だ」

真顔で言われると返しようがない。そしてそんなことを生真面目に言う哲ちゃんに違和感をおぼえる。

「ねぇ、それ誰に吹き込まれたの」
「…亮介と純だ」
「なるほど」

恋愛に疎い哲ちゃんと付き合えるようになったのも、彼らのいろんなアドバイスのおかげだとわかってる。でもそれにしても、ほんとうにいろいろと吹き込んでくれるものだ。特に哲ちゃんが純と呼ぶチームメイトはロマンチストなのか女心をくすぐる小技をよく知っている。それを哲ちゃんに実践させようとするのが困りものだけど。そして哲ちゃんは吹き込まれたことを生真面目にも遂行しうよとするからなおさら手に負えない。

「無理しなくていいのに」
「無理はしてない。彼氏として喜ばせたいと思っているんだ」

その言葉は哲ちゃんの言葉だとわかる。ほんとうにまじめで私のことを考えてくれる優しい人。だから私は素直に言える。

「ありがと」

私の言葉に哲ちゃんは目を細めて、頷いた。


20141018ブログより転載


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