夢 | ナノ

みくびらないで

 ぎゃって、突然聞こえた変な叫び声に思わず私はバランスを崩した。

 叫び主の成宮は入口から走り寄ってくると、すぐ下からさらに大きな声を出す。

「あっ危ない! 葉子さん! 何やってんの?!」
「何って見たらわかるでしょ」

 クラブハウスのミーティングルームで、私は蛍光灯を替えるために部屋の中心にある大きな机の上にパイプ椅子を乗せて、その上に立っているのだ。今時LEDじゃないってどうなのって思ったけど、いつ買い込んだ物なのか、まだまだ倉庫には蛍光灯があった。LEDになれば蛍光灯を替える頻度が減って、マネージャーの仕事も減るだろうに。そんなことを考えてたものだから、成宮の突然の声に実はかなり驚いた。

 成宮は何にはっとしたのか、入口に戻るとバタンと大きな音をたてて背中で扉を閉めた。何だか赤い顔で慌ててるって感じだ。扉の向こうで、原田の声がする。

「おい、鳴」
「雅さん、入っちゃだめ」
「はぁ?! 何言ってんだ。開けろ」
「とにかく、ダメったらダメ!」

 成宮はそう言うとなぜか鍵までかけた。原田は鍵をかけられたことに気づいて、さらに怒っている。

「ちょっと、何してるの」
「何してるって…葉子さん、ねぇ、危ないってば。下りなよ」
「何で鍵なんてかけるのよ」
「ねー、危ないってば、そんなの一年にやらせなよ」
「もう、うるさいよ」

 成宮は机の下からごちゃごちゃとうるさい。危ないも何も、さっきは成宮の突然の声に危うくバランスを崩して落ちるところだったっていうの。ちょっと腹立たしくて、むっとして返す。それじゃなくても騒がしい成宮なんだから、黙っててくれた方がありがたい。

 とりあえず外の原田のことはおいておくことにした。古い蛍光灯を取り外す。まさか放り投げるわけにはいかないので、椅子から下りて机の上に置いた。

「はい! そこまで!」

 成宮はいつのまに手にしたのか、机の上に置いてあった新しい蛍光灯を胸に抱えたまま、私にストップと手のひらを見せる。

 危ないと心配してくれるのはうれしいけれど、こんなことで落ちてケガするほど、鈍くさくない。ちょっといくらなんでも私のことを見くびりすぎ。

 成宮の前で、机の上に正座するように膝だけつけて手を伸ばす。

「ほら、それちょうだい」
「やだっ」
「やだって…成宮。私は仕事してんの。夜にここでミーティングするときに電気チラチラしてたら集中できないでしょ」
「ダメ、危ないじゃん。一年にさせるから」

 成宮は頑として蛍光灯を離さない。まるで大事なぬいぐるみを母親に取られるのを拒んでいる子供みたいだ。

 だだをこねる成宮はどうしてこんなにもかわいいんだろう。とはいえ、かわいいなんていつまでも和んでもいらなれない。扉の外では原田の怒声が響いている。

 机から下りて、靴も履かずに成宮の抱えている蛍光灯に手を伸ばす。成宮はくるっと背を向けて、私の手を避けた。

「ダーメ!」

 そのまま、すたたっと机の向こう側へと逃げていく。

「ちょっと、待ってよ。遊んでる暇ないっていうの」
「じゃあ、早く一年呼んできたらいいじゃん」
「それ渡してもらった方が何倍も早いから」

 成宮を追いかけて、机の向こうにまわる。成宮は当然ながら、その先へと逃げる。成宮はなんだか楽しそうにすらみえる。いたずらっ子の顔だ。そういう顔する成宮がかわいくて好きだけど、遊んでる暇は残念ながらない。

「ほんとに、返して」
「危ないってば。女子のすることじゃないってば」

 だからといって自分がするとは言わないところが成宮だ。そういうところはさすがだなと感心すらしてしまう。

「林田部長に頼まれたんだから」
「マジで?! 林田部長、何考えてんだよ」
「だから、返して」

 信じらんないと大げさに驚く成宮に手を伸ばす。成宮は蛍光灯を抱えたまま、うーんと口をとがらす。

「うちじゃ、絶対、こういうの男の仕事なんだけどな」

 そう言いながら、しぶしぶと私に蛍光灯を渡してくれた。やっと蛍光灯を替えれる。これ終わったら、次の仕事もある。時計を見て残っている仕事と配分を考えようとして、原田の怒声に邪魔される。鍵を開けに行こうとすると、成宮が靴を放り出すように脱ぎ捨てると机の上に乗った。

「ちょっと、成宮、何してるの?」
「ん? 何って、蛍光灯替えるんじゃん?」

 一瞬、成宮が何を言ったのか理解できなかった。成宮は絶対にこんな雑用を進んでするタイプじゃないし、何よりエースの自分がケガでもしたらどうすんのさーと、考えているにちがないと思っていたから。

「ほら、ちょうだい」

 私が呆けているのを後目に、成宮はしびれをきらしたのか私の手から蛍光灯を勝手に取ると、パイプ椅子に片足をかけた。それを見て我にかえった。

「ちょっ、! 危ないってば!」
「大丈夫だってば」

 よっと軽く掛け声をかけると、椅子の上に成宮は立つ。パイプ椅子が軋む。その音が私の心の中の悲鳴と重なった。

「ちょっと、ちょっと、危ないから、下りて!」
「葉子さん、もう、黙ってなよ」
「ねぇ、だって、危ないってば…」

 何がおかしいのか、成宮は少し口の端を上げた。そして意外にも手際よく、新しい蛍光灯を取り付ける。

「カバーちょうだい」

 出された手に、少しの間、ためらう。けれど、見上げた成宮は、とても頼もしく見えて、つい渡してしまった。野球以外で成宮が頼もしく見えるなんて、こんな珍しいことない。

「ん、終わりっと」

 カチッとカバーをはめ込むと、成宮は満足そうに笑ってパンパンと手をはたくと、私を見た。それはもうこれでもかっていうくらい、にんまりと。いたずらっ子とか、かわいいとかそういう表現ではそぐわない笑い方。

「ねぇ、オレが言ったこと、そのまんま、葉子さんオレに言ったのわかってる?」

 ひょいとパイプ椅子から軽々と下りて、机の上でしゃがみこんで私を覗き込むようにして笑う。そう、それは私の心の隅に隠した成宮への好意を見透かしているのじゃないかと思うような、そんな笑い方。

「オレがどんだけ心配したか、身をもってわかったでしょ」

 反論することもできずに、恥ずかしくて顔がほてったのがわかった。そんな私を見て、成宮はさらに満足そうな顔をする。机から足を投げ出すように座ると、成宮はわざと偉そうな顔をしてみせた。そんな表情で見られると居心地が悪い。いつもお説教するのは私の方なのに、立場が逆になっている。

「ほんと葉子さんはオレに甘いんだから。普通に考えて、オレの方が運動神経いいからね?」
「別に、甘やかすとか、そういうのじゃないから」
「ふーん。じゃあ、これ、雅さんでも止めた?」

 その言葉にうっと詰まる。残念ながら、原田なら止めてないと思う。どちらかといえば、蛍光灯を潰さないでよとか言ってしまいそう。

 私の考えを見透かしたのか、ほらねと笑うとすぐにその笑いをひっこめた。そして、すっと目を細めると私の耳横に顔を持ってくる。表情が見えない。

「オレ、葉子さんが思うよりも、意外に男だからね」

 その言葉はとても平坦な声音で、感情は読み取れない。でもそれがかえって、本気で言っているようで、どきりと胸が跳ね上がる。

 成宮が男だってことは、当たり前のことなのに、でもその一言は私の心をゆさぶった。私は跳ね上がる鼓動を押さえつけたいのに、どうやっても止まらない。

 そんな私を後目に成宮は机から、とぉっ、なんて小学生みたいに叫んで飛び降りる。もう危ないでしょなんて言えない。靴は脱ぎ捨てたものだから、あっちこっちと散らばっていて、それを、かわいいだけじゃないんだよーなんてまるで歌うように口にしながら履きに行く。ひっくりかえっている靴を足で蹴っ飛ばすようにして表に返す。してることはほんとに子供のようでかわいいのに。

 扉のところで、成宮は、あ、そうだと立ち止まる。うーん、これ言っちゃっていいかなぁ、なんて思わせぶりだ。

「何なのよ」

 言いたいことがあれば言えばいいじゃない。見透かされた恥ずかしさから私の口調は少し自棄になっている。成宮は私を見ると、ちょっと困ったような顔をする。まるですねるみたいな口調でごにょごょと口にする。

「こういうのする時はさー、着替えた方がいいよ。なんかシマシマがさー見えたじゃん」

 言われたことが一瞬わからなくて、シマシマ?と頭の中で反芻して、はっとした。気づくと同時に自分の制服のスカートを抑えた。

「見たの?! 最低!」
「違うよ! 見ようと思って見たんじゃないからね!」
「見てるじゃん!」
「だから、オレだけだもん!」

 私の抗議に成宮は顔を赤くすると照れてるんだか、怒ってるんだか口をとがらせた。オレだけって言われて、閉め出しをくらった原田を思い出した。見えてたから、原田に見せまいと扉に鍵までかけたってこと? 

 成宮は、もういい!って逆切れのように捨て台詞を吐くと扉の鍵を開けた。途端に原田がものすごい形相で現れる。それを見た成宮は、げっと呻くと、あっというまに走り去っていく。原田はそれをすぐに追いかける。そんな二人の足音を聞きながら私は一人、ミーティングルームに残された。

 悔しいけど、見くびりすぎてたのは、私の方かも。

 成宮が替えてくれた古い蛍光灯を胸に抱いて、成宮の男の目と、もしかしたら独占欲だったかもしれない行動を思い出して甘い余韻に少しだけ心をゆだねた。



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