夢 | ナノ

御幸一也 2

目の前でオレに冷やかな視線を向けているのは、クリス先輩の妹のアニス。ちなみにオレの彼女、ということになっている。それはアニスがストーカーに困っているということで、クリス先輩から恋人のふりをしてほしいと頼まれたからだ。

「一也。私もよく知ってる。野球選手のセンスの悪さ。でも、群を抜きすぎ」
「しょうがねぇだろ。ケツが入んねぇんだから」

野球選手のケツのでかさをなめんなよ。LとかLLとかそういう話じゃない。バランスが普通の人とは違うのだ。下半身や太ももに合わせて服を選ばざるをえない。そうするとウエストぶかぶか、膝から下はダボダボでみっともないのだ。

「うちのパパよりひどいわ。無駄に顔がいいだけに、よけいひどく感じるのかな」

アニスは大きくため息をつくと、まぁ、いいやとつぶやいた。

「とりあえず、今日は服を買いに行こう。お金はあるんでしょ」
「あー、まぁ。あんま使ってねぇし」
「だよね」

使うことがないと言うとみんな驚くが、アニスはわかった様に苦笑するだけだ。父も兄も野球選手のせいだからだろうか。

飲み食いに金はかかるが、ファッションとかには興味ない。競馬やパチンコも女も野球以上にのめりこむこともない。車も一台あれば十分だし、あとは実家にまわすだけ。昔から一番金のかかった野球関係は球団やスポンサーから支給されるうえに、給料までもらえるのだ。何に使うことがあるってんだ。プロになってオレが覚えた贅沢は眼鏡のフレームくらいなものだ。

「女子アナの元カノは何にも言わなかったの。その見てくれ」
「言われたけど、どうしようもねぇし」

なんだかんだと言われたが、サイズが合わないんだからどうしようもない。

「じゃあ、どうにかしてあげるわ」

自信満々に笑うアニスに、そりゃどうもとおどけて返しておいた。どうせ、どうにもならねぇだろうしと思って。




「おぉ…!」

思わず感嘆の声が出た。鏡に映っている自分は紛れもなく自分なのに、ちょっと着こなしを変えただけで、腰回りがすっきりと見違えた。

「どう? 上手くバランス考えたら、野球選手でも少しはまともになるの。でも一也はお兄ちゃんよりも足ちょっと短いから、難しかったけど」

ふふんっと偉そうにアニスが笑う。そういえばクリス先輩もすっきりとしてたな。あれはアニスのおかげだったってことか。

「悪かったな。足短くて」
「お兄ちゃんと比べたらって言ったじゃん。そこらへんのやつらと比べたら十分ですよー」
「おぉ、なんかすげぇムカつくな」

言い合っていると、アニスと顔見知りらしい店員が「仲いいっすねー」と笑った。

「「良くない」」

思わず重なった言葉に、顔を見合わせる。オレもアニスも心底イヤな顔をしていたが、それがおかしてく、今度は同時に吹き出した。

「これ、着てくよね。タグ切ってもらって…。あと、さっきのジャケットと、カーディガン。パンツは…色違いにする?」
「同じのあと1本と色違いも2本買っとくわ」
「靴はどうされますか?」
「靴もベルトもこのまま、もらうでしょ」
「なぁ、靴、あれは…」
「却下」

ちょっと目に留まった靴をアニスに示すと、あっさりと却下された。ダメなのか、あれはダメなのか。

「悪くないけど、一也には似合わない。チンピラになりたいの?」
「なりたくねぇな」

野球選手はともすれば、厳ついのでアッチの筋にみえやすい。ここはアニスの助言に素直に従っておくことにした。

車に荷物を積み込む。いつまでも頭をさげている店員をバックミラーで見て、車を出した。

「飯食う?」
「うん。あ、週末の夜って大丈夫?」
「あぁ。何かあんの」
「新商品のプロモーションがあって、終わるの夜遅くなるし…それに迎えに来てほしいんだけど…ダメかな」

いくらかしおらしいアニスの様子にストーカーが絡んでいるんだとわかった。普段気が強い分、しおらしい顔をされると弱い。これ、計算じゃねぇよな。ちょっと疑う。それくらいかわいく見えた。

「オッケー。何時くらいになんの」
「12時まわると思う」
「んじゃ、飲まねぇで待機してるわ」
「ごめんね」
「いーや。今日のスタイリスト代じゃ安いくらいじゃねぇ?」

アニスが負担に思わないように軽口をたたく。アニスはほっとした様子をみせた。その様子に計算じゃなかったことがわかる。ということは、かわいく見えたのはオレの方の心もちってことだ。やべぇな、このままだと本気になっちまうかも。

手を伸ばして、アニスの頭をくしゃくしゃっとしたい―そんな衝動を堪えて、自分の頭をかいた。

「で、何、食う?」
「イタリアンがいいな」
「了解って、店いいとこ知ってんだろ。ナビして」
「はーい」

気を取り直したアニスの朗らかな声に、オレは一息ついてハンドルを握り直した。



何でこんなことになってんだ。

オレは両脇を警備員に固められて、守衛室へと連れてこられた。その後ろから、40歳は超えてないだろう男がついてくる。この男がオレを不審者だと警備員に突き出したのだ。

今日はアニスを迎えにアニスの会社のビルの前に来ていた。車を止められそうな場所がなかったので、少し離れたパーキングに駐車して、ビルの前の植え込みに座ってアニスを待っていた。それが悪かったらしい。

彼女を迎えにきただけだという言い分も聞かずに、警備員はオレを不審者だと決めつけた。通報した男はどうやらアニスの会社の人間らしく、警備員はその男の言うことだけを聞いている。

分が悪ぃな。

言い訳するとややこしくなりそうだったので、大人しく従って守衛室の椅子に座る。外は冷えてきていたし、屋内にいれるのはありがたい。なんて呑気なこと考えてる場合じゃなかった。

「うちの会社の子がね、ストーカーされているみたいだと言ってたし…」

と、男が言うのが聞こえた。アニスのことだろうか。オレ以外にもアニスのストーカーのこと知ってるヤツがいるのか。

「じゃあ、コイツですか」
「警察呼びましょうか」

おいおいおいおーい。警察はヤバいだろ。何にもしてなくても、今のオレは世間の受けは良くない。例の女子アナの彼女と別れたせいか、マスコミも冷たい。どうしたもんかな。

そんなとき、ちょうど、オレのスマホが鳴った。三人の男がオレを振り返る。

「出ていいっすか」
「…どうぞ」

出たとたん。

「ちょっと、一也! どこで何してるのよ! 迎えに来てって言ってたでしょ!」

けたたましいアニスの声。その声はオレだけでなく、周りにもばっちり聞こえたらしい。目をぱちくりしているのは警備員二人。

「悪ぃ。今、守衛室」
「守衛室?! 何で?」
「不審者っつって連れてこられた」
「すぐ行くから!」
「サン…」

キュー、とオレが言い切らないうちにプッっと通話が終わる。やれやれとほっとして、警備員を見れば、バツの悪い顔をしている。そりゃあ、そうだろう。オレの言い分には何ひとつ嘘はないんだから。

遠くからハイヒールの音がだんだんと近づいてくる。足早ぇなぁ。ハイヒールであれだけ走れるっていうのは、ちょっと感心する。

バンっと大きく扉が開くと同時に、アニスは飛び込んできて、わき目も振らずにオレに走り寄った。おぉ、情熱的っなんて感慨は、胸ぐらをグイッとつかまれて、軽く吹っ飛んだ。

「何があったの! 何で不審者扱いされてるの?!」

アニスの剣幕に警備員は慄いている。オレも降参とばかりに両手を軽くあげた。唯一、オレを警備員に突き出した男だけが、部屋の隅で静かにオレたちを見ていた。その姿は違和感があって、オレはガクガクとアニスに揺さぶられながらも、その男から視線が外せない。そんなオレの様子に、アニスはオレの視線の先を追うように見た。

「部長…」

オレの胸ぐらをつかむアニスの手にさらに力がこもったのがわかった。血の気を失うほどの力で握る手を、オレはそっと包むようにして自分の胸ぐらから離させる。

「滝川くんの彼だったのか。失礼したね」
「あ、いえ、こちらこそ、ご面倒おかけしました」

アニスは慌てて、男に向き直ると深々と頭を下げる。その手はまだきつく握りしめられていて、わずかに震えている。その様子にストーカーがコイツだとオレは確信した。

「じゃ、オレは無罪放免ってことでいいっすよね」

警備員に向き直ると、もちろんだと大きくうなずく。部長と呼ばれた男は無表情でオレを見ている。オレはアニスの手に指を絡めて引き寄せた。そして、その男と目を合わせたまま、引き寄せたアニスの頭に軽くキスをした。

「人前でやめてよ、もうバカっ」
「んー、いいじゃん。これくらい」

指をからめたままのくせに、オレから離れようとするアニスをオレはさらに抱き込むように引き寄せる。どこから見てバカップルだろう。アニスもどうやらオレの意図に気づいて、乗るつもりらしい。猫なで声が心地いいような、後が怖いような。

いちゃいちゃしながら守衛室を出る。警備員はもう呆れたのか、自分たちの失態を忘れたかのようにオレのたちを無視している。しばらくそのままビルの出口まで歩くと、誰かが後ろから走り寄ってきたことがわかった。振り向くと部長だった。その手には何か長いものを持っている。

おぉ、直接的だな。

たぶんその長いもので殴りにかかるつもりだったのだろう。振りかぶった勢いで、上の電灯が割れた。その音に守衛室から警備員が飛び出してくる。今度こそ警備員としての仕事をしてほしい。

正直、オレは何も怖くなかった。部長はスポーツマンというには程遠い。棒の一本くらい避けて取り上げることくらいできると踏んでいた。

けれど、オレが動くよりも早く、アニスの足がキレイに部長の腹に決まった。容赦なくハイヒールがささっている。他人事ながら、痛みを想像して顔をしかめた。呻いて転がる部長に、アニスの行動に一瞬虚をつかれた警備員が取り押さえにかかる。と、アニスがオレに勢いよく振り向いた。

情熱的に抱きついてくれるのかと思ったら、またしてもグイっと胸ぐらをつかまれた。あぁ、このパターンか。

「体が資本のプロ選手が何ぼんやりしてるのよ!」
「いや、あれくらい避けれるって」
「何言っての! 破片の一つでも刺さったらどうするのよ!」

ったく、心配してくれるのはありがたいが、もう少しかわいげのある心配の仕方してくれねぇかな。あぁ、でも、オレ、このパターン嫌いじゃねぇわ。

オレはガクガク揺さぶられながら、はっはっはと笑うしかできなかった。



車に乗り込んで、改めて時計を見ればもう深夜の2時を大きくまわっていた。

襲い掛かってきた部長を警備員が取り押さえて、警察がやってきて、その場で事情を聴かれて、なんやかんやで、やっと解放された。とはいえ、また改めて明日警察署に行かなくてはいけないらしい。これって球団に報告しないとダメだよな。マスコミにばれるよな。

憂鬱だと大きなため息が出るオレとは対照的に、助手席のアニスは興奮冷めやらぬといった感じだ。これでストーカーからも解放されるという安堵感と自分の蹴りがキレイに決まった興奮もあるんだろう。クリス先輩に電話をかけて事の顛末を熱く語っている。

でも。いいかげん、シートベルトしてくれねぇと、車出せねぇんだけどな。

オレは早く帰って、寝たい。今後のマスコミのことを考えると現実逃避をしたくて仕方ない。

いつまでもシートベルトをするそぶりを見せないアニスに業を煮やして、オレは助手席に手を伸ばした。

「…!」

オレの伸ばした手にアニスは息を飲んで体を固くする。オレはゆっくりシートベルトに手を伸ばすと、ことさらゆっくりシートベルトを引っ張ってくる。

カチンっとシートベルトがはまる音が車内に響いた。

「何、びびってんの。オレが手ぇ出すと思ったの」

へーぇ、なんて、意地悪くニヤニヤとしてやると、案の定、アニスはキッとオレをにらんだ。

「違うから! 電話してたから、だから、シートベルト忘れてたから、ちょっと、あれよ、その…」

顔を赤くして、言いよどむくせに気の強い態度を崩さないアニスがかわいくて、もう少し意地悪したくなる。ストーカーの化けの皮をはがすために、いちゃいちゃした感触が思い出された。あの時、間違いなくオレの手の中にアニスはいた。もう一度、と顔を近づけようと身を乗り出す。

「御幸」

地を這うような低い声がどこからともなく聞こえて、身を正した。声の元はアニスの手のスマホで、もちろん、声の主はクリス先輩だ。

「何してる」

冷やかに淡々としたクリス先輩の声にオレは無言で首をふる。アニスはそんなオレを見て大笑いして、クリス先輩に今から帰る、心配しないでと伝えた。

ストーカーよりも、もっと厄介な相手がいたことにオレは今更、気がついた。




20141104



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