第4話〜俺に笑ってくれた記念日!
どうやら、花沢がオレのことを怖がっているということに気づいた。何が原因か記憶を手繰り寄せていく。
最初にしりもちをつかせたときは、特に怖がっている様子はなかった。プリントを貼る作業を手伝ったときだって、そうだ。ただ、花沢のくちびるがオレの頬骨に当たった瞬間に変わったのだ。
変な味でもしたか?汗で塩辛かったとか、臭かったとか…何か変なもん分泌してただろうか?もし仮に変な味で気持ち悪くなったとしても、怖がる必要は…ないだろう。それが理由だとは思いたくはない。
オレが先生に注意されたときにはみんなと同じように笑ってた。ただ目が合うとそらしてしまったけれど…
キスされてオレが怒ってるとか思ってんのかな。普通、女にキスされて嫌なやつなんて男にはいないもんだと思うけれど、女心なんてこれっぽっちもわからないオレが出せる結論といったらそれくらいだ。
そして、怖がっているものに対してとれる行動はこれしかなかった。
「ほら」
教室で、花沢の席まで行く。逃げられないように退路をふせぐようにペンを差し出して横に立った。
「あ、りがとう」
花沢は困惑した顔で、差し出されたペンを受け取った。ゆっくりと手にしたペンをペンケースに戻す。その様子をずっと横に立ったまま見ていた。
クリスはマネジたちとなんら変わらないというけれど、やっぱり花沢は違うと思う。誰かがついていなければ、花沢はデパ地下で迷子になったり、バスや電車に乗り過ごしたり、乗り越したりしそうだ。切符とか自分で買うこともできないんじゃないだろうか。きっと牛乳パックだってあけられないし、ビデオのタイマー予約なんて絶対できない。電気だってヒモをひっぱって三回で消せるのについ四回ひっぱっちゃったりするんだ。しかもパジャマ姿で! って何考えてんだ。…すでにオレの想像は変な域まで達していた。それくらい花沢が気になって仕方ないのだ。
「…あの、い、伊佐敷くん?」
いつまでも横に立ったままのオレを不審に思ったのか、花沢は微かにオレとは逆方向に体をよけるようにして、見上げた。
やっぱり、ちょい怯えられてるよな。でも大丈夫だ。オレはすごいものを持っている。これがあればきっと、花沢も懐いてくるはずだ。
「ほら」
と、ペンを差し出したほうとは逆の手で持っていた、今まで背中に隠していた、ポッキーを差し出した。ただのポッキーじゃない。いちご味だ。花沢はオレといちご味のポッキーを交互に見て、首をかしげた。
「…くれるの?」
「おう」
ずい、とポッキーの箱を差し出す。花沢はもう一度オレをちらっと見ると、ありがとうと受け取った。
「いちご味だぞ」
そう言うと、手にした箱を妙に愛おしそうに持っていた花沢はぱっと顔をあげた。
「うん、大好き」
そして、笑う。
やっっっっっべぇ! 頭をわしゃわしゃと撫でくりまわしたい衝動にかられる。いや、大好きってのはいちご味に対してだってことはわかっているけれど、いちご味を選んだオレ、ナイセン!
コンビニでいろいろと悩んだけれど、あの下着のガラを思い出していちご味にしたのだ。
「あ、の、それで…ごめんね。あのほら…」
ここ、と花沢は自分の指で自分の頬骨を指した。
どうやら、やはり事故とはいえキスしてしまったことでオレを怒らせたと思っていたらしい。
「…それはいいからよ。じゃあ、もうオレ見て泣いたり逃げたりすんなよ」
「うん」
コクンと花沢は頷くと早速ポッキーを開ける。一本取り出すと、ハイとオレに差し出した。座ったままの花沢が目いっぱい手を伸ばして差しだしたため、それはちょうどオレの口元にあった。オレは特に何も考えずに、そのまま口にぱくりとくわえてから手で持った。
あれ、オレ、餌付けするつもりだったのに、餌付けされてんじゃん?
その瞬間、花沢の顔が真っ赤になっていたことにもオレは気づかずに、口の中の甘いいちごの香りに酔っていた。
雄叫び系お題より
「嗚呼-argh」20070525