夢 | ナノ

君が思い出になる前に

 学校の校舎裏。夕暮れで視界はオレンジ色になっている。そんな中、オレは花沢に抱きつかれている。花沢のやわらかさに心がひどく落ち着かない。いや、落ち着かない理由はそれだけじゃない。すぐ近くでは亮介たちが、絶句して立ち尽くしているし、何よりもこうなった理由がオレを落ち着かなくさせていた。

 オレはカンがいい。このカンは日常的なものに対してではなくて、ぼやっとしたものに対してだ。いわゆる霊感というものに近いと思う。近いというのも、きっちり見えるわけじゃないからだ。ただなんとなく、あそこはよくないなと感じたりすると、その場所はやはりそういう有名スポットであったり、死亡事故があったところだったりした。

 たとえば、こんなことがあった。

 小学生の時だ。リトルリーグの練習に河原まで自転車で通っていた。それは上の姉貴のおさがりで、ぼろい上にピンクを卒業した女子が次にはまる薄い水色だった。女みたいだと揶揄されて、何度も親に新しいものが欲しいとねだったけれど、中学にあがったらねと相手にしてもらえなかった。

 その日も自転車で河原まで行った。自転車を止めようとして、なんとなく位置を変えた。すぐに止めようとしたところじゃダメな気がしたのだ。特に何も変わらない。でもなんとなく、だ。すると帰るときには、自転車は盗まれていた。他にもピカピカの変速付のやつも並んでたのに、どうしてだかオレのボロい自転車がなくなっていた。

 自転車がなくなっていれば、歩いて帰るしかないのだ。練習後で腹が減ってる。早く帰りたいのにと腹がたった。車で迎えに来ているチームメイトのお母さんが送ってあげると声をかけてくれたので、それに甘えて送ってもらった。

 道中、何台かの救急車とすれ違った。小学生だったオレらは、無意味に何かあったのかと興奮した。

 帰宅すると、血相を変えて母親と姉貴が飛んできた。めずらしいこともあるもんだと、オレは素直に驚いた。

「ケガは?!」
「ケガ?」

 母親の問いにオレは首をかしげるだけだ。

「アンタの自転車っぽいものが事故現場にあるって、隣のおばさんが見たっていうから…!」

 その日、いつもオレが自転車で通る交差点で交通事故があった。オレの自転車の乗ってたヤツは巻き込まれたそうだ。もし、自転車が盗まれてなかったら、ちょうどあのくらいの時間にあの交差点を通っていたのはオレだったはずだった。

「何ともなくてよかった。アンタ運いいもんね」

 姉貴はポンポンとオレの頭を叩いて、ほっとしたように笑った。

 オレはその事実に背中がぞわりとしたけれど、すぐに新しい自転車を買ってもらえると思って、ラッキーだとほくそ笑んだ。でも、残念ながら、しばらく自転車は危ないと車での送り迎えになってしまって、結局は中学まで買ってもらえなかったけれど。

 わざわざ話すことでもないけれど、相手が何かに巻き込まれそうなときに忠告するのにこの話をすれば、大概が信じてくれる。




 ものすごい力で花沢に抱きつかれながらオレはどうしたもんかと考えあぐねた。

 花沢は「殿、殿〜」と泣き叫んでいる。明らかに憑かれちゃってるよな。丹波は顔をこわばらせて、亮介は最初こそ、絶句していたのに今では面白がっているように見える。哲はまだ脳まで状況の理解が届いてない感じだ。

「花沢、ちょっと、離してくんねぇ?」

 一応、対話を試みる。が、花沢はばっと顔を上げると涙を流しながら、首をふるばかりだ。花沢、と呼びかけたのがまずかったかな。つーか、その潤んだ目はヤバい。何とか平常心をひっぱりだしてくる。腹に力を入れて、息を深く吐いた。

「えーと、お前さ、名前なんだっけ」
「おい、何言ってるんだ」

 哲は花沢だろうと至極まじめだ。しかしそんな横やりを花沢もオレも無視した。いや、花沢はもとよりオレ以外の人間は目に入ってないようだ。

「殿は葉子をお忘れですか…!」

 葉子ね、はいはい。そのあとも自分は某の娘で殿の嫁だとのたまった。あー、オレの嫁さんなの。もう驚くことはやめた。いちいち反応したら試合する以上の精神力と体力を消耗する。丹波はうぇって呻いて、亮介は笑いをかみ殺している。

 くそ、元はと言えばテメェのせいだろう。とただ面白がっている亮介をにらんだ。

 学校には七不思議があって、どれも眉唾もんだとオレは思っている。何しろ、その場所のどこもオレのカンがはたらくことはなかったからだ。こと、オレはこのカンに関しては小学生の時のことを差し引いても自信を持っている。

 そんな中、亮介が七不思議の舞台の一つ、校舎裏に何かあるらしいと聞きつけてきた。亮介はホラーが大好きだ。そのくせ霊感は気持ちいいほど全くない。丹波も霊感はないけれど、怖がり方は超一流だ。哲は見えるものしか信じない。そして、カンのいいオレと、なかなかバランスがとれている。

「何かってなんだよ。あそこ何にもないぞ」

 校舎裏はゴミ捨て場へ行くときに通る。今まで何かを感じたことはなかった。それは亮介も承知のはずだ。

「女子があそこ行くとおかしくなるらしいよ」

 女子にしか反応できないなら、オレにはわからない。

「女子連れて行ってみようよ」

 亮介はオレをちらっと見ると

「花沢!」

 と、花沢を呼んだ。花沢を呼ぶ前にオレをちらっと見たのは、オレが花沢のことが好きだと知っているからだ。

「何?」
「七不思議の校舎裏に行こうって話してるんだけど、行かない?」

 オレが目でにらんでいることを気にも留めずに亮介は花沢を誘う。

「えー、あれ、女子がやばいんでしょ」
「だから、純も行くしさ、ね」
「伊佐敷くんも行くなら…」

 オレのカンに関しては、いつのまにか有名な話になっている。花沢ももちろん知っている。オレのカンを頼りにしてくれているのなら、行かないわけにはいかない。まぁ、頼りにしてもらってなくても、花沢が行くなら行くに決まってるけどよ。

「あぁ。行くぜ」
「じゅあ、行く」
「決まりだね。放課後行こう」

 亮介の声が異常に機嫌がいいのが気になったけれど、好きな女子とのイベントでオレは少し舞い上がってしまっていた。もうちょっと、七不思議の話の内容を知っておけばよかったと、今更ながら後悔している。



 もう日が長くない。天気もあまりよくないのも手伝って、校舎裏は妙に雰囲気がある。けれど、オレのカンに触れるものはない。

「何もねぇ、みたいだけどな」
「ほんと? つまんないな。花沢は何ともないの?」
「うん、べつに…」

 花沢は少し切なそうな顔をした。その顔がひっかかって、帰ろうとしていた足を止めて、もう一度くるりと辺りを一周見渡した。と、すいっと何かが触れた。でも、嫌な感じのものじゃない。たとえるなら温かいもの。何かを大切に思う甘さすら含んだような。

 何だ?!

 その正体がわからなくて、きょろきょろと辺りを探るように見てみる。そして、パチリと花沢と目があった。

 その瞬間。花沢が突然、オレに抱きついてきた。

「花沢?!」
「……のっ」
「えっ? どうした? 大丈夫か?!」

 花沢の肩を掴んでその顔を覗き込む。その顔は憂いを帯びていて、オレの胸の内をゆさぶった。

「殿。お会いしとうございました」

 しどけない花沢の声音に、オレは恐怖ではない理由で肌があわ立った。予期せぬ快感を呼び起こされたかのようだった。振り払うことなどできるはずもなく、オレはただに仁王立ちのまま、花沢に抱きつかれていた。

 オレのカンに触れた何かはそのまま花沢の内に入ってしまったのだろう。嫌なものではなかったとはいえ、そんな物が花沢の中に入っていて、花沢に負担がないはずはない。何としても出してやらないとダメだ。けれど、オレはただカンがはたらくというだけで、対処する術は何ももっていない。

 名前を聞けば、葉子と名乗った。そういえば、花沢の名前も葉子だった。これは偶然の一致とみていいのか。

「ところでさ」

 この緊迫した状況で唯一、楽しんでいる亮介が、ことさら何事もないように話し出した。

「純って、この七不思議の話、ちゃんと知ってる?」

 改めて問われて、そういえば場所は知っているけれど、内容は知らなかった。その場所でカンが触らないから、どんな話だろうと嘘に決まっていると思い込んでいたからだ。

「いや、知らねぇよ」
「そうなのか?」

 丹波は知っているのか意外そうな顔をした。哲は知らないようだ。

「すごく仲の良かった夫婦が何か悪党の罠にかかって、別々に殺されたって。ここにはその奥さんの方が殺された場所で、ここに女子がくると、憑りつかれて、旦那を探してさまようって話」
「なんじゃ、そりゃ」

 普通、学校の七不思議って、銅像が動くとかピアノが勝手に鳴るとか階段が増えるとか、そんなもんじゃないのかよ。だいたい「殿」って時代はどうなんだよ。

「それで、どうなるんだ」

 オレの疑問をよそに哲は亮介に先をうながす。

「旦那だと思う男子に愛してもらったら成仏するって話だけど」

 ニヤリと亮介はオレに笑う。いや、まて、おい。愛してってそれってどういうことを指してんだ。幅広すぎだろ。

「愛するとは何をすることだ」

 オレの心のうちを読んだかのように、哲は淡々と口にする。亮介はもったいぶって口を開かない。

「ここでするのはやばくないか」

 …丹波。どこまで想像したんだよ。お前の愛するはソコか。

「やばいって何だ」
「さぁ、どうだろうね。まぁ気持ちがなくてもふりでもなんでもいいんじゃない?」

 本気で考えている哲に、はぐらかす亮介。丹波はオレに同情する目を向けた。ていうか、お前が今、ハードル上げたような気がするけどな。

 ぎゅうっとオレにしがみつくように抱きついている花沢、いや、葉子にオレの内には花沢だけではない葉子への憐憫の情まで湧いている。

 そっと、両肩に手をおいて、目を合わせた。

「あのよ、…葉子。オレさ、お前が今借りてる花沢のことがさ、あれだ…その、大事なんだよ。葉子が旦那をあ…愛してるのと同じで。だから、コイツを解放してやってくれねぇか」

 真剣に心を込めて、葉子に語り掛ける。嘘はどこにもない。愛するふりなんかじゃない。本当に花沢のことがオレは好きだから。

 すっと花沢の力が抜けた。オレの横をふわりと何がが掠めて、そのまま空へと消えていった。

「…花沢?」

 力なく崩れ落ちそうになる花沢を腕に抱きとめて、その表情を確かめる。オレの声に目をあげて、パチパチと瞬きを繰り返す。

「伊佐敷くん」

 花沢だった。ほっとした気持ちと先ほどの昂ぶりで、オレは自分でも驚くような行動をとってしまった。

「よかった」

 ぎゅっと花沢を抱きしめた。花沢は腕をオレの首の後ろに回すとぎゅっとしがみついてきた。

「好きだ」

 無意識に口から言葉が出てしまった。花沢は驚いた顔でオレを見て、少し恥ずかしそうに目を伏せた。オレの首に巻き付けられた腕に、きゅっとわずかに込められたのに気づいて、そこではじめて我にかえったように自分の行動と言動に恥ずかしくなってしまった。

 けれど、取り消すことなんてしない。

 死んでまで、相手を探すほどの愛情を目の当たりにして、そんなことできるわけがない。だから今日のことが、ただの思い出になる前に、頼むからちゃんと言葉にしてほしい。

 そんな思いが届いたのか、もう一度、顔を覗き込むと花沢ははにかむように笑って、私も好きとささやいた。



「ちなみに」

 と言う亮介の言葉で、オレと花沢は我にかえって、体を離した。

「これってカップルで来ないとダメって言われてるの、花沢は知ってたんでしょ」

 少し意地悪ともいえる亮介の言葉に花沢は顔を真っ赤に染めた。ん、それってそういうことか? 

「要するに、好き同士だったら何か起こるかもって花沢は期待してたってことだよね」
「つーか、亮介、テメェ、知っててオレらをここに連れてきたんだろ」
「そうだよ」

 ご機嫌な声音だ。

「何しろ、霊感ある純だし。花沢と好き同士だし。絶対何かおこると思ったんだよね。二人は両想いになったし、オレは念願の霊体験できたし、何か文句ある? あるなら純と花沢は付き合うのやめてよね?」

 言外に誰のおかげだと思ってるんだとにじませる。やり口はちょっと気に入らないけれど、文句はいえない。おかげさまはおかげさまなのだから。

 ちらりと花沢を見ると、見かねるほど顔を赤くしてうつむいている。そういう下心をばらされるのは嫌だろう。

「オレが知ってたら花沢と二人でしか来なかったのにな」

 そう言って、花沢のうつむいた頭を片手で自分の胸に引き寄せた。目を見開いた哲を丹波が引っ張っていく。亮介もこれ以上は馬に蹴られると思ったのか、ひらひらっと手をふって丹波たちの後を追った。

「嫌いになった?」
「はぁ?! なんでだよ。さっきも言っただろ。知ってたらオレから花沢誘ってるっつーの。だから、んな顔すんな」

 引き寄せた右手でそのまま頭を少し乱暴になでると、花沢は大好きとオレの胸元のシャツをぎゅっと握りしめた。その仕草が愛おしく感じて、胸の昂ぶりを落ち着かさせるために、空を見上げた。ふわりと何かが空を舞ったように見えたけれど、それが何かはもう考えなかった。



20140930/20140901スピ誕


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