夢 | ナノ

歩き出せ、クローバー

 こにいるのは、楠木くんのはずだったのに…どうして伊佐敷くんがいるんだろう。伊佐敷くんは私が首をかしげているのを見て、小さく舌打ちをした。

「フミとかわったんだよ」

 フミ、とは楠木くんのことだ。同じ野球部同士、仲もいいんだろう。

「どうして?」
「知るかよ」

 伊佐敷くんはそれっきり、窓の方を向いてしまった。私は伊佐敷くんの隣にすわったものの、気まずくて落ちつかなかった。

 今日は2年生になって初めての校外学習で、クラスごとにバスに乗ることになっていた。昨日のHRでくじ引きをしてバスの座席を決めた時には、私の隣は楠木くんだったのだ。

 バスの中を見渡して、楠木くんをみつけた。その隣には、楠木くんと仲のいい女子が座っていた。なるほど、と納得してシートに深くもたれた。別に楠木くんに特別な感情はないので、ショックはない。隣になった伊佐敷くんのことも、私は特別嫌いじゃないんだけど…。伊佐敷くんはどうだろう。特に女子と仲良くしているわけでも、話さないわけでもない。ただいつも野球部の何人かとつるんで、その輪の中で楽しそうにしている印象があった。

「食べる?」

 カバンからプリッツを取り出して、遠慮がちに伊佐敷くんに声をかけた。せっかく縁があって今日一日隣になったのだ。なるべくなら円滑なコミュニケーションをはかりたい。

 意外にも伊佐敷くんは簡単に顔をゆるませた。

「サンキュー」

 箱ごと私の手から持っていく。あわてて取り返した。

「違うでしょ」
「ケチくせぇなぁ」

 伊佐敷くんはにかっと笑う。いつも輪の中で笑っているのと同じで、ほっとした。伊佐敷くんはプリッツをパキンといい音をさせて食べた。

「#苗字#さ、嫌じゃねぇの?」
「何が?」
「…よりにもよってフミがオレとかわったんだぞ?」

 まぁ、確かに、伊佐敷くんの言わんとすることはわからないこともない。一般的に女子受けするのは楠木くんなのだから。いや、楠木くんはその中でもトップクラスかもしれないな。でも。

「どっちでも同じだよー」
「へぇ。フツウ嫌がんじゃねぇの」
「一緒! 何よ、伊佐敷くんは私じゃ不服なの?」

 楠木くんに対してコンプレックスでもあるのだろうか、伊佐敷くんの私の口からイヤだと言わせようとしているのかと思えるような口ぶりに小さくいらだった。私の剣幕に伊佐敷くんは目を大きく開いた。

「オレに不服なんかあるかよ」
「じゃあ、いいじゃん」

 グっと握ったこぶしを伊佐敷くんに向けると、伊佐敷くんは同じように握ったこぶしを私のこぶしに軽く合わせて、そして目を細めて笑った。

「変なヤツ」

 そう言う伊佐敷くんの笑顔は、思ってた以上にやわらかい。その笑顔を見た瞬間に心に何かが、ふんわりと灯った。そんな自分に驚いて、居心地が悪くなって居住まいを正す。

 出発の時間になって、先生が乗り込んでくる。注意事項が質の悪いマイクを通してされると、バスは走り出した。良く知る市街地を抜けて、高速に乗る。伊佐敷くん越しの車窓から、景色が絶え間なく流れていくのを見ていると、不思議と楽しい気分が湧いてくる。

 ふと、車窓から伊佐敷くんに視線を移す。黙っていると、まぁ、かっこいい部類に入るんじゃないかな。どかりと座り込んでいる伊佐敷くんの太ももは、身長のわりには太い。腕も肩もガッシリしていて、頼もしそうだ。

「伊佐敷くんはさー、彼女いるの?」
「…いねぇ」
「もてそうなのにね」

 私の言葉に伊佐敷くんは目をぱちぱちとさせた。

「は、おまえ、何言ってんの?」

 怒気さえはらんでいるのではと思うほど低い声に、何かまずいことでも言ってしまったかと冷や汗が出てくる。

「え、何って、思ったことそのまま…」
「思っ…た? マジで?」
「マジで」
「野球部で唯一バレンタインにチョコをもらえなかった、オレだぞ? 坂井だって増子だってもらってんのに、だぞ?!」
「そんなバロメータ知らないよ」

 笑ってしまう。厳つい顔してるくせにけっこう細かいところを気にしてる。でも、ほんとにもらってないのかな。みんな見る目なさすぎなんじゃない?

「哲なんか暇さえあればプレゼントもらったり、告白されたりしてんのによー」
「あぁ、結城くんはもてるよねー。わかるわ〜」

 近寄りがたい雰囲気がある点では伊佐敷くんも結城くんも同じなんだろうけれど、結城くんの場合は近寄りがたい雰囲気すらも魅力につながっている。

「亮介もよー、あんな底意地悪い性格してるくせに、もてるんだよな」
「ちょっとわかるなぁ」
「そうか? あいつ、ありえねーほど意地悪だぞ」

 これでもかというくらいに顔を歪める。よほど小湊くんに痛い目に合わされているんだろう。でもこの伊佐敷くんになら、意地悪したくなる小湊くんの気持ちはわかるような気がする。なんというか、期待を裏切らないリアクションをしてくれるのが目に浮かぶからだ。

 伊佐敷くんは私の手からプリッツを一本取ると、しげしげとそれを眺めた。

「どうしたの」
「…いや、よく考えたら、女に物もらったの、このプリッツが初めてなんだなぁと思って」
「…!! 寂しい! それ寂しすぎるでしょ!!」
「いくらなんでもウソに決まってんだろ! 本気にすんなよ、凹むっつーの」

 うがーとかうぬーとか、人語とは思えない言葉を吐いて伊佐敷くんは頭をかきむしった。何というか、伊佐敷くんが吼えてるっていう表現をよく聞くけれど、間近で見るのは初めてだ。噂に聞いていたほど怖くなんかない。ううん、むしろ微笑ましく思える。

「ごめん、ごめん」
「心がこもってねー」

 ガリガリガリっと勢いよくプリッツを食べる伊佐敷くんに、もう一本差し出す。

「はい、あーん」

 なんちゃって、と続くはずだった私の言葉は口から出ることなく消えた。伊佐敷くんが私の手からそのままパクリと食いついからだ。

 口にプリッツをくわえたままの伊佐敷くんと目が合う。絡まった視線は、時間まで止めてしまった。じわじわと体が熱くなるのがわかる。伊佐敷くんも動かないままだ。ただ、伊佐敷くんの顔もゆっくりと赤く染まっていった。たぶん、私の顔から手へ、ブリッツへ、そして、伊佐敷くんに伝染したんだ。

 パキン。

 プリッツの折れるいい音に、私も伊佐敷くんも我に返った。

「あ、いや、えと」
「あ、うん、うん、大丈夫」

 何が大丈夫なんだか。うろたえる伊佐敷くんに、私は意味もなくうんうんと頷いて、手に残ったブリッツを食べてしまった。伊佐敷くんも同じように、うんうんと頷いて、自分の口にくわえたままのプリッツをボリボリと食べてしまった。

 お互いの口の中がなくなると、もう一度、はたと我に返っておかしくなった。それもまた伊佐敷くんも同じだったみたいだ。同じタイミングで笑い出した。

「何だよ、何が大丈夫だよ」
「そっちこそ、うんうん頷いちゃって」

 おかしくて、おかしくて、二人でバカみたいに笑った。

 一頻り笑うと、伊佐敷くんが今までのバカ笑いとは違う笑みを見せた。やわらかな目に引き込まれそうになる。

「フミに感謝だな」

 そう言うと、伊佐敷くんは、ふいと窓の方を向いた。窓には伊佐敷くんの顔が映っていて、その照れた表情に私の心がきゅんと跳ね上がった。

 何か、反則。

「ほんとだね」

 私は精いっぱいの勇気を込めて、後ろからでもわかる赤い耳をした伊佐敷くんに聞こえるように言う。

「だー、もう、やべーわ」

 私の言葉に勢いよく、こちらを見た伊佐敷くんは、顔を赤くしたまま、照れ隠しなのか私の頭を乱暴にくしゃっとした。思っていた以上に大きな手は、乱暴な動きとは裏腹に優しさが込められていて、私の心は伊佐敷くんで満たされていく。

 どうしよう! 恋ってこんなに簡単に落ちちゃってよかったっけ。

 もう一度、伊佐敷くんを見る。伊佐敷くんも私を見た。合わさった目に、これでいいんだと私は思った。




20140930/スピ誕20140901


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