第3話 〜おびえるなよ!泣くぞ俺…!
授業に身が入らないことなんて、今更だけれど、昨日から特にひどい。数式だろうが年号だろうが、英単語も何もかも、花沢の顔にすりかわってしまうのだ。昨日のことを思い出すと顔にしまりがなくなっていく。事故とはいえ、花沢にキスされたのだ。その感触を思い出すとあの時に嗅いだやわらかい匂いまで一緒に思い出せる。
けれど、その後すぐに花沢の口から出た「ヤダ」の言葉がずしんと胸に響いて、緩んでいた顔が暗く沈んでいく。
されて「ヤダ」っていうならまだしも、しておいて「ヤダ」はねぇよな。
花沢のくちびるが触れた左の頬骨の辺りを自分の指でそっと触ってため息をつく。ちらりと花沢の様子を伺う。花沢は何事もなかったように、頬杖をついて教科書に目を落としている。目は花沢のくちびるに集中してしまう。
つやつやとしたそれは、やわらかそうだった。いや、やわらかいことをオレはもう知っている。昨日はあんなにつやつやしてたかな、ぷるんとしたくちびるに見入る。
うまそう…
花沢のくちびるにそんな感想を抱いた自分に驚いた。
何だよ、うまそうってオレ何考えてんだよ…!
「伊佐敷、暇か? そうか、暇だな。授業終わったら職員室な」
知らず知らずのうちに、ぬおぉ〜と呻いていたようで、いつのまにか隣に来ていた先生に頭をつかまれていた。クラス中の笑い声に、はたと気づいて花沢の方を見ると、みんなと同じように笑っていた。くったくのない笑顔を初めて見て、胸の奥がくすぐったい。これがトキメキってやつか!嬉しくて口もとが緩んだ。けれど、花沢はオレと目が合うと顔を赤くして目をそむけてしまった。
何だよ、ちょくしょう。オレが何したってんだよ。花沢がしたんじゃねーのかよ!
事故だという事実をすでに捻じ曲げつつ心の中で悪態をつく。
そうして授業のあと、職員室まで呼び出しをくらったオレは、予定外の課題を指示された。
「ぁっした!」
失礼しました、とヤケクソに大きな声で職員室に一礼して出ると、目の前には花沢がちょうど通りかかったところだった。
「あ」
「やっ」
「やっ」って何だよ、「やっ」てのは。花沢が持っていた教科書やノートを胸の前でぎゅっと握りしめたのがわかった。その顔は赤くなっているだけでなく、目は潤んでいる。泣くのか…?! オレと目をあわせただけで泣くのか?! そりゃ、ねぇだろ。
「何だよ」
ちっと舌打ちをすると、花沢は一歩後ろに下がった。と、同時に持っていたペンケースを落として派手に中のものをぶちまけた。自分の足元に転がってきた、1本のペンを拾い上げた。
「ほらよ」
他のものをしゃがんで、慌てて拾う花沢の鼻先に、同じようにしゃがんで、ペンを突きつける。
「ひゃっ…!」
花沢は驚いたらしく、後ろにしりもちをついた。この間もしりもちをつかせたけれど、あの時は見えなかったスカートの中も、今回は同じ目線だったので、しっかりと見えた。ピンクと白のボーダーだった。うん、白もピンクもイメージどおりだ。ボーダーよりは水玉の方がもっと好みだけど…まぁ、それは置いておいて。
「ご、ごめんなさい」
花沢は逃げるように落ちているものを拾って、廊下を走っていってしまった。
何だよ、オレが何したよ。いや、スカートの中は見たけど、不可抗力だろ。つーか、このペンはどうすんだよ?!
泣きそうだった花沢の顔を思い出して、コッチが泣きてぇっつの、と一人ごちる。手に残ったままのペンをくるりと指で回して、ポケットに入れた。
雄叫び系お題より
「嗚呼-argh」20070519