第2話〜嗚呼ぎゅっとしてぇ…!
暇さえあれば花沢が目に入るようになってから気がついたことがある。
それは、他のヤローどもが花沢という存在をあんまり気にしていないという事実。
「何で気になんねーんだよ」
「…何で自分が気になるか考えたらいいだろう」
クリスはやってられん!とばかりに、読んでいた本を勢いよく閉じて、大きなため息をついた。
「気になるだろーが! あんな細ぇし、柔らけぇし、いつ壊れちまうか気になって気になってしょうがねぇ…! さらわれたらどうすんだよ?!」
「さらわれるってオマエ…花沢は確かに細身だが、そんなに小さくないし、柔らかいのは女だからだろう。うちのマネジたちとたいして変わりはない。だいたいが、簡単に人間が壊れるわけがないだろう。…まぁオマエが触ったら壊れかねんがな」
「お、オレが触ったら壊れんのか…?!」
「…大事な他のところを軽く聞き逃すなよ」
もう一度、クリスは大きくため息をついた。いや、聞き逃したりはしてない。確かに他のマネジたちと違いはないような気はする。マネジたちを見て、壊れるなんて考えたこともない。いや、アイツらは下手したらオレらよりも逞しい。でも、なんというか、マネジだけでなく、他の女子と比べてみても花沢は別ものなのだ。
ちらり、と花沢を見る。ちょうど教室の後ろのロッカーに向かって、いるところだった。不器用に机と机の間を歩いていく。机の角に当たったらどうするんだよ、と心配になる。あんな細い腰が机の角に当たったら、絶対に骨が折れる、と思う。ハラハラしながら、その姿を目で追いかけて、つい、気がつかないうちに、実際に追いかけていた。
花沢はロッカーの上の掲示板に手を伸ばす。その手には何かのプリントがあった。あぁ、そういえばSHRで来週の掃除当番の予定を貼っとけって、担任が日直の花沢に言っていたなと思い出した。
ロッカーが出っ張っている分、掲示板に花沢の手は届きにくいようで、手を伸ばし、背伸びをし、先週のプリントを取ろうとしている。
「ほらよ」
花沢のすぐ後ろから手を伸ばして、止められていた画鋲をひょいひょいと取る。花沢は驚いて振り向いた。
「あ、ありがとう」
「貸せよ」
貼られていた先週のプリントをロッカーの上に投げ捨てるように置いて、花沢に手を差し出した。
「あ、うん」
花沢からプリントを受け取って、そのまま掲示板に貼り付けるために手で押さえた。画鋲を探すと、ハイと1つ花沢が差し出してくれる。
「お、サンキュ」
花沢の左側から片手で、プリントを抑えたまま、花沢の右側から片手に画鋲をもらって、その手でプリントに刺す。
あれ、これって、この体勢って…
ふんわりと嗅いだことがないような柔らかいにおいに、自分のあごの下に花沢の頭があることに気づいた。まるで後ろから抱きしめているような格好だということにも。
すっぽりと自分の腕の中におさまる花沢に、今まで感じたことがないような感動を覚えた。
ヤバイ…。抱きしめてぇ…!
抱きしめたら、この間、腕をつかんだ時と同じような、いや、それ以上の柔らかさを感じることができるんじゃないだろうか…。ムクムクと邪まな考えが頭に浮かんでは本能に火をつけていく。
1つ、1つ、プリントのたった四箇所の角を止めるだけに、すごく時間を使った。止め終わったらこの時間が終わってしまう。
最後の1つを花沢の手から受け取ろうとした時だった。コロリと画鋲が手から落ちた。それを拾おうと花沢が振り向く、オレも拾おうと横にしゃがもうとした。
何かが、オレの頬骨に当たった。いや、当たるというか、触れたというか。柔らかい、未知なる感触…
「ヤダ…」
「ぬあっ?!」
花沢が顔を真っ赤にさせて、口に手をあてている。それだけで何がオレの頬骨に当たったか、わかった。
「ご、…ごめんっ」
オレを突き飛ばすようにして花沢はこの腕の中から走っていってしまった。教室から出て行く後姿を呆然と見送る。
…ヤダってなんだよ。
あの瞬間の花沢の口からこぼれた言葉を思い出して、やりきれなくなる。八つ当たりに画鋲をムギュっと壁に押し込んだ。
雄叫び系お題より
「嗚呼-argh」20070515