夢 | ナノ

あわくかさねあう

中庭の一角、朝は校舎の影が、昼からは中庭の木々の影が落ちるその場所は、青道生の人気の場所だった。昼休みにはたくさんの生徒がお弁当を広げている。

テスト休みの今は、そんな日常が嘘のように静かだった。ひと気がないのを知っていて、私と伊佐敷くんはここで一緒にお弁当を食べていた。一応、お付き合いしている間柄なので気をつかってか、他の野球部員たちがくることもなかった。

食後のジュースとアイスを近くのコンビニまで買いにいって、戻ってくると野球部の練習着姿の伊佐敷くんは芝生に寝転んでいた。

「買ってきたよ〜」

近寄って、伊佐敷くんが寝ていることに気づいた。そっと近づく。気持ちよさそうに寝ている伊佐敷くんを上からみつめた。

寝ている伊佐敷くんはいつものような騒々しさもなく、眉もいつもよりも角度が広い。深く寝入っているのか呼吸も深く、多少の刺激では起きる気配も見せそうにない。

おなかいっぱいになったら寝ちゃうのね〜。

本能だけで生きている動物みたいで笑ってしまう。寝転んでいる伊佐敷くんの隣にそっと座る。

自分の腕と伊佐敷くんの腕を見比べて、また焼けたなぁと、そのたくましい腕に見惚れた。もっとその腕で力強く抱きしめてくれてもいいのに、伊佐敷くんは未だに私を壊れ物みたいに恐々と扱う。

抱きしめられて言われた言葉で一番多いのが「悪ぃ」だもんね。そのたびに「平気」と伊佐敷くんにぎゅっと抱きつくと、安堵するのか、一息ついて伊佐敷くんは私の髪を撫でてくれる。

もうちょっと強引でもいいのに。

伊佐敷くんは強引で乱暴な印象が他の人たちにはあるのか、伊佐敷くん相手に大変ねとか、ひどいことされたら泣き寝入りはダメよとか言ってくるんだけど…

実際は信じられないほどに優しい。大事にされてるってことをくすぐったくなるくらい感じている。
伊佐敷くんを好きになってよかったなぁ。

しみじみとその寝顔を見て思う。

心地いい風がさぁっと私と伊佐敷くんに吹いてくる。

「ん…」
伊佐敷くんが首だけ傾けると、風と動いたことによって伊佐敷くんの前髪があがった。

湧き上がってきた幸福感につき動かれさて、そのあらわになった額に触れる程度にくちびるを落とす。誰もいないし、伊佐敷くんも寝てるからできた大胆な行動。

私の髪が伊佐敷くんの顔を刺激したのか、いつものように眉間にしわができる。ガシガシっと頭をかくと、目を半分閉じたままむくっと起き上がった。

「起きた?」
「…ん」

伊佐敷くんは私を見ずにそのまま体育座りの体勢になると顔を腕に伏せてしまった。

「どうしたの? まだ時間かあるから寝てて平気だよ?」
「ん…今…した、よな?」
「え…」

伊佐敷くんは少しだけ顔を私の方に傾けてちらっと見た。その顔は赤い…? 日に焼けてしまって半端なく黒くなっているから赤くなっているのかはっきりはわからない。けれど熱っぽい目は寝起きのせいだけじゃないのかもしれない。

「お、きてたの?」

恐る恐る聞くと、ガシガシっと大きく頭をかいて、勢いよく私の方を向いた。

「マジ、やべーって」

伊佐敷くんの手が伸びてきて私の腰にまわされる。ぐいっと引き寄せられると、私の視界は野球部の練習着。伊佐敷くんの体温と土の匂いに混じって僅かに香る洗剤の匂い。

私の頭を撫でた手でそのまま私の前髪をかきあげると、伊佐敷くんは私の額にキスをした。

初出200707112ブログより転載


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