夢 | ナノ

お願いはチャイムが鳴るまで

 ただ席が前後だというだけの話だった。 オレが前で後ろが花沢と、ただそれだけの話にすぎなかったのに。

 古典の授業の後、オレは必ず花沢にノートを見せて欲しいと頼んでいた。前の席の仁志は野球部で自分と同じく役には立たない。

 古典の板書は汚い上に次から次へと書いては消していく嫌がらせのような教師で、ノートを完璧に取るのは至難の業ともいえた。それをキレイに要点だけ上手く花沢はノートにとっていた。女と男の脳は違うとよく言うが、まったく花沢のノートは逆立ちしたって真似できないと尊敬の念すら感じていた。

 いつものように授業が終わると、伊佐敷くん、と後ろから花沢にオレのセーターの裾を引っ張っられた。振り向くと、心得てますとばかりにノートを差し出された。それを大げさに手を合わせてから受け取る。

「いつも悪ぃな」
「いーえ。見返りはいただきます」

 にっこりと花沢は笑う。見返りという言葉に片眉があがる。そんなことを言いながら、花沢は一度だって何かを要求してきたことなどなかった。

「何でもいいけどよ。セーター引っ張んな。ここだけ伸びてきたじゃねーかよ」
「あ、ごめん。つい」

 花沢がオレに声をかけるときは必ずといっていいほど右腰の辺りを引っ張った。おかげでそこだけがどんどんと伸びてきてしまっていた。けれどそれが実は少し嬉しかったりもした。

「まぁ、でもそれも今日までだし」

 許して、とぺろっと舌を出した。

「今日まで?」
「明日席替えだもん」
「…あぁ、そうか」
「そうだよ〜」
「清々するな」

 強がって嫌味っぽく笑ってみたものの、正直、席が離れてしまうことは残念だった。

「ひどいなぁ。今までのノートの貸しはまとめてはらってもらうから。高いよ?」

 花沢はぷうっとわざとらしくすねたように頬を膨らませた。その頬に思わず手がのびた。人差し指でツイと突くとぶっと音が花沢の口からもれた。

「もう! 何すんのよ!」

 今度は本当に怒ったらしい。悪ぃと言いながらも悪びれなく頭をかくオレを、むすっと睨んだ。

「ワビもかねて何でも言うこときいてやるよ」

 仕方ねぇなぁと苦笑するふりをした。内心は触った頬のやわらかさに驚きでいっぱいだった。自分のざらついた頬とはまったく違う。あまりに気持ちのいい感触で、もっと触りたいと思ってしまった。

 そんなオレの心のうちなんて気づいていないんだろう。うーんと何してもらおうかなぁなんてのんきに考え込んでいる。

「ほんとに、何でもきいてくれるのね?」
「おぅ、男に二言はねぇ」

 胸をはる。花沢の言うことなら何でもきいてやりたいと、本気で思っていた。花沢はまるで何かを決意したようにふうと一息はいた。そして小さく手招きをする。その手に引き寄せられるように顔を近づけると耳貸して、と内緒話をするように両手をオレの耳にそえるようにあてた。

 内緒話はくすぐったくて、肩が上がる。かかる息が艶かしくて手に力が入った。けれど、何よりもその耳元でささやかれた言葉が甘くやわらかく心の中に落ちていく。

― 好きになってくれる? ―

 そっとオレから離れて花沢は顔を赤くしたまま、ダメかなと笑う。その笑い方は無理しているんだろう、目が潤んでいた。正直、まいったと思った。嬉しくて飛び上がりそうなのをぐっとこらえて、余裕のあるふりを装う。

「…他のにしねぇか?それもう、きいてやってるようなもんだしよ」
「え…? うそ?」
「マジだっつの。どーすんだよ、他のにしねぇともったいねぇだろ」

 花沢はこらえきれなくなったのか、うーと小さく呻きながら顔を覆う。まさか泣くとは思わなくて、焦る。

「おい、泣くなよ、コラ」
「…だって、嬉しいんだもん」

 そういいながらポロポロと涙をこぼしながら顔を赤くして笑う。泣くか笑うかどっちかにすりゃあいいのに、どう対応していいのかわからなくて困る。

「じゃあ、ほかの、おねがい」
「おう、任せとけ」

 花沢はまた内緒話するように手を伸ばす。頭を花沢の方とは逆に傾けて、耳を差し出すと、花沢は口を寄せてささやいた。

「好きって言ってくれる?」

 その一言にかたまった。さっきの遠まわしな表現で告白はすんだと思ったのに、ストレートを要求してくるとは、本当に言ってた通り高い借りになったようだ。

 じわじわと首から顔にかけて熱が上がっていく気がする。さっきまで余裕がないのは花沢の方だったはずなのに、いつのまにかオレの方がおいこまれてしまっている。じっとみつめられて逃げ場がないことを思い知らさせる。どうせ言わない限りはごまかせやしないんだろう。覚悟を決めて大きく息を吸い込んだ。

「好きだ!文句あっか、コラ!」

 勢い込んで言った言葉は周りにも聞こえてしまって、花沢は感極まって泣き出し、周りの他のやつらの冷やかしと喝采で教室中は大騒ぎになってしまった。

 それはもう、次の授業のチャイムが鳴るまで。



20070322


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