夢 | ナノ

かくまって

「アイツ見なかったか」

 部室のドアが開かれる。顔をのぞかせた原田が私を見るなりそう言った。

 声に怒気がある。探しているのは成宮だ。二年生の絶対的エースはわがままもエース級だ。ちらりと扉の物陰に目線を動かす。それで原田は察したらしい。目くばせをすると「わかった」という意味なのか、原田は小さくため息をついた。

「アイツ見かけたら、監督室来るように言っといてくれ。それと、あんまアイツを甘やかすなよ」

 チクリと釘を刺された。思わず肩をすくめる。原田はそれ以上は何も言わず部室から出ていった。その途端に扉の物陰から四つん這いで成宮が出てきた。原田がくる直前に「葉子さん匿って〜」と部室に駆け込んできていたのだ。

「ちょっと一球投げただけじゃん。あんなに怒んなくてもさ」
「ノースローって言われてたんでしょ」

 一球なんて嘘ばっかり。私が見ただけでも数球。多田野の半泣きの制止も無視して投げてたくせに。

「昨日の練習試合だって途中で降板させられちゃったしさー」

 どうやらそこが今回のわがままの発端らしい。昨日投げ足りない分を今日投げた、と。そんなところか。

「成宮」
「なんスか」

 ちょっと、と手招きする。成宮はむーっとくちびるをとがらせたまま、四つん這いで近づいてきた。手の届く所にきたところで、その頬をぐいっとひっぱった。甘やかすなって言われちゃったし、これくらいしておかないと示しがつかない。

「ひたいっふ」
「後でちゃんと監督室行きなさいよ。監督と原田には私からも言っといてあげるから。これ手伝って」

 ボールが入ったバケツとタオルを目の前に置いた。ボールを磨きながら、ほつれがないかチェックする。ほつれていたら除けておいて後で縫うのだ。

「ボール触りたかったんでしょ」
「えー」
「これで肩もってあげるっていってるの。手伝いなさい」

 ひょいとボールを一つ投げると、ちぇっと舌打ちしつつ受け取った。感触を確かめるみたいに何度も手の中でボールを回す。何を考えてるのか、それともただ無心にボールに向き合っているだけなのか、磨く様子はさらさらない。言うこときかない生意気な後輩だけど、野球に向き合う時の真剣な目は別人のようにかっこ良くて、なぜか急に落ち着かない気持ちになる。

「見惚れてたっしょ?」

 成宮はにやっと笑って私を見た。見透かされたようでドキッとする。けれど平静を装った。

「残念。ちゃんと磨くか見てるだけ」
「えー、またまた。オレってかっこいいでしょ」
「そういうとこが、ほんと残念」
「あー、もう、素直になればいいのに」

 ポーンと高くボールを投げる。天井すれすれまで高く上がったボールは、当たり前のようにきれいに成宮の手に戻ってきた。

「葉子さんの言うことなら何でもきいてあげるのにな」

 私の方を見ずに平坦な声音で言われた言葉は、かえって私の心を跳ね上げる。成宮は手の中のボールをくるりと回すともう一度、高く投げた。

「ボール磨いてって言ったけど」
「そうじゃなくて」

 落ちてきたボールをパシッと大きく音をさせてキャッチすると成宮は笑った。そして、挑むような強い視線を私に向ける。

 成宮に期待することなんて、たった一つ。数か月後の夏に、あの暑い夏をもう一度味あわせてほしい。それだけ。私だけじゃない誰もが成宮に期待していることだ。

 甲子園。

 そう言おうとした矢先に成宮は、すねた顔をした。ぷいっと横を向く。

「それ、ナシ。そんな安い願い事なんて願い下げだから」
「まだ、何も言ってないけど」
「顔見たらわかるって。それは、決定事項だし。まず間違いないし。オレを誰だと思ってんの」

 左手に握ったボールを私に突き出す。その目は自信にあふれている。

「稲実のエース様」
「そこは"私のエース"じゃないの」
「そんな趣味ない」
「えー、葉子さん絶対オレのこと好きなくせに」
「そんな趣味悪くない」
「何、今、さらっとひどいこと言った。オレ傷つくよー」

 パタンと大げさに成宮は倒れこんだ。足をジタバタさせる。野球してなければ、ただの駄々っ子だ。その様子がかわいすぎて顔が緩む。どちらかというと、私はわがままで生意気で駄々っ子の成宮の方が好きだ。野球をしている成宮は、かっこ良すぎるから、心臓がもたない。

「じゃあ、監督と原田の言うことよくきいて」
「そんなのもヤだ」
「じゃあ…」

 仰向けに寝転がってジタバタする成宮の顔を覗き込んだ。驚いたのかピタリと成宮の動きが止まる。さっきまでの自信に満ちた目が嘘のように、ただ目を真ん丸にして私を見ている。その顔があまりにかわいくてしかたなくって笑みが浮かぶ。

「ずっとわがままで生意気で駄々っ子の成宮でいてね」
「へ?!」

 がばっと成宮が起き上がるので、すぐさまぶつからないように避けた。

「何それ、何それ。今のふいんきって、成宮大好きっとかじゃないの。ちゅーとかしちゃう感じじゃないの?!」
「ふいんきって…雰囲気でしょ。ふ、ん、い、き」
「いや、そこじゃなくて、ちゅーとかちゅーとか」

 勢いよくにじりよってくる成宮を上手く避けながら、ボールの入ったバケツを引き寄せた。

「さ、これやっちゃって、監督室行こうか」
「葉子さんって鬼だよね」

 むっとくちびるをとがらせる成宮の頬をひっぱった。

「ほにー、ほにー」

 かわいい駄々っ子の「鬼」コールに私は今だけだと気が済むまで笑った。

 どうせ、予選が始まったら、私の心臓がもたないほどにかっこいい成宮しかいなくなるのだから。



20140415


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