夢 | ナノ

むすんで

 始業式が終わって、教室へと戻る途中に、入れ替わりで入学式に向かう一年生の集団がきた。真新しい制服は着慣れていない感が漂っている。その中に後輩の多田野樹をみつけた。ネクタイが気になるのか頻りと首元を触っている。

「あ、鳴さん、カルロスさん…」

 オレたちを見つけ、ちわっと軽く頭を下げる。

「何、樹、緊張してんの」

 鳴はぷくくっと笑う。その笑いに樹は憮然とした表情を見せる。

「別に、緊張してるわけじゃ…。てか、先輩たちは何してんですか」
「オレら始業式終わったとこだもんね」
「要するに、暇だからからかいに来たんすね」

 樹は春休み中にさんざん鳴にからかわれていたせいか大きくため息をついた。

「何それ、樹の晴れ姿を見て笑っやろーっていう先輩の優しい気持ちがわかんないの」
「わかりません。というか、笑ってやろーって言われたあたりでガックリする後輩の残念な気持ちはわかんないもんなんすか」

 樹は言い返す。ピッチャーとして鳴を尊敬してやまないくせに、言い返す時は物おじせずに言いたいことを言い切る。それが地雷を踏んでるってことに気づいてないのは、まだまだ樹も鳴をわかっていない。

「樹。そんなこと…」
「多田野」
「葉子さ〜ん」

 鳴の怒涛の嫌味が始まるかと思ったその時に、三年生のマネージャーの葉子さんがやってきた。葉子さん大好きな鳴は樹のことなど忘れたかのようにまとわりつく。それをきれいに無視して葉子さんは樹の前に立つ。

 少し厳しい顔をしている葉子さんに樹が緊張したのがわかった。

「もっとちゃんとしないさいよ。だからスポ推は、って言われたら野球部が困るんだから」

 グイッと樹のブレザーを掴んで自分の真正面にくるようにすると、ネクタイに手を伸ばした。

「はぁ、すいません」
「ちょっと樹、何してんだよ」
「え、いや、オレは何もしてないっすよ」

 鳴の責める口調に樹は反論する。実際、してるのは葉子さんだ。樹のネクタイをシュルリと外すと、「ほら」とかがむように要求する。樹が少し頭を下げると葉子さんはネクタイをかけなおす。襟をたてて、きれいにネクタイを通すと慣れた手つきでネクタイを結ぶ。しなやかに動く指に、いつもより至近距離の葉子さんに樹が照れているのが見ていてもわかった。

 葉子さんはキュッとネクタイを結ぶと、樹の胸元に手のひらを当てたまま、一歩下がって上から下まで樹を見直す。

「これでよし」

 ポンと一叩きして満足そうに葉子さんが笑うと樹も照れくさそうに笑った。その横の鳴のすごい形相を樹は視界に入ってないことにしておいたらしい。

「あ、ありがとうございます」
「うん、じゃあね」

 さらっと葉子さんはその場を去ろうとする。それを鳴がネクタイを外して追いすがる。

「葉子さーん、オレも、オレも」
「始業式終わったし、外しとけば」
「野球部のエースとして、いつもきちっとした姿じゃないと」
「いつもネクタイしてないじゃん」
「や、ほら、今日からオレ先輩だし。二年生エースとしての風格てきな」

 そんな二人の様子を見送りながら、オレはやれやれと苦笑いをする。

「お前、今日の練習で鳴にいびられそうだな」
「な、オレのせいっすかー」
「去年もこれで一悶着あったからな。去年の分もお前に八つ当たりするんだろうな」
「そんな去年のことまで責任もてないっすよ。てか、去年は鳴さんしてもらったんじゃないんすか」

 そうだ、去年の話なら鳴もオレも一年生なんだから、同じようにネクタイを結びなおしてもらったんじゃないかと樹が思うのも無理はない。

「それがな…」

 思わず思い出し笑いが出る。きょとんとしている樹に去年の話をオレはしてやることにした。




 お子様だとは思っていたけれど、寮で一緒に暮らしだしてから、その予想を上回るお子様ぶりには驚いた。

「鳴、お前、なんだよ、そのネクタイ」
「わけわかんない、ネクタイしてもしなくてもいいって聞いてたのに」

 むっとした顔で首元のネクタイの形になってないネクタイを指でもてあそぶ。完全にきちんとネクタイをしようという意識を捨てているとしか思えない。

「入学式とか行事の時は必須だって聞いてただろ」
「えー、めんどい」
「先輩に怒られんぞ」

 入学式が行われる体育館へと歩きながら、何とか鳴にネクタイをきちんと結びなおさせるために説得を試みるが、全く聞く耳をもたない。

「成宮、神谷」
「葉子さん!」

 渡り廊下で出くわした二年生マネージャーの葉子さんが驚いた顔でオレと成宮を交互に見た。いや、オレは驚かれるような格好はしてないはずだ。今はちゃんと服着てるし。

「何そのネクタイ。神谷がついてて何してんのよ」

 えー、オレいつのまにこのお子様の世話係に認定されてんだよ。

 明らかに春休みから成宮に慕われてしまって世話係におさまってしまった葉子さんにそんな風に言われるとは思ってなくて、内心驚愕に近い思いを抱く。

「あ、葉子さん、ネクタイ結んで。葉子さんが結んで」

 ねっ、ねっと鳴が葉子さんにすり寄っていく。

「何言ってんのよ。私できないから」
「えー、まじで。ここって、もう成宮ったら手がかかるんだからほんとかわいい私のエースとか言ってオレのネクタイ結んでいってらっしゃいちゅー的な感じじゃないの」
「そこまで息継ぎなしで言えるのすげぇよ」
「バカじゃないの。神谷にしてもらえばいいじゃない」

 いや、それはオレが嫌だ。

 しっかりと表情に拒否権を出す。そこは鳴も同じらしい。

「やだよ、こいつ、すぐ脱ぐし」
「それ今関係ねぇだろ」
「それも困る話だけど、でもそのネクタイで入学式出たら監督怒って、好きに投げさせてくれなくなるかもね」

 さすがに春休み中、だてに鳴の面倒みてたわけじゃないらしい。葉子さんはどう言えば鳴が動くか掴んでいる。言われた鳴は、それはヤダーでもめんどいーとぶーたれてはいるが、ネクタイはちゃんとしなくてはいけないという、さっき捨てた意識を拾ってきたらしく結びなおそうとシュルシュルとネクタイの長さを整えだした。

「神谷、教えてやって」
「えー、葉子さんが教えてよ」
「だから私、知らないって…じゃあ、神谷が私に教えてくれる?」
「ダメ! なんかそれダメ! カルロは手取り足取り服脱ぎだからダメ」
「なんだよ、それ。なんか偏見ねぇか」
「脱ぐのは真実だもんね」
「ほら、二人とも、遊んでないで早くして」

 あきれたように葉子さんはため息をついた。

「ほら、こうして、こうして、ここでこう」
「わかんなーい」
「覚える気ねぇだろ」

 二度ほど結び方を見せてみるも、やる気がないのか鳴はもたもたする。これ以上はオレだってめんどくさい。ちらりと葉子さんに助けを求めるように視線を送った。葉子さんは短く息をはいた。

「成宮」
「何」

 ちょっと不機嫌なのか、葉子さんの呼びかけにも短く答える。

「明日、私にネクタイの結び方教えてね」

 芝居かがってるんじゃないかと思えるくらい葉子さんはかわいい笑顔を鳴にむけた。鳴はさっきまでの死んだ魚みたいな目だったのが嘘のようにキラキラと目を輝かせた。一瞬にして、だ。

「うん、うん。任せて。ほらカル、早く」
「だんだんオレの名前短くなってねぇか」
「そんなのどうでもいいから、早く」

 ちっと舌打ちをして、もう一度自分のネクタイを外して、鳴にゆっくり見せる。鳴は左ききだから向かい合ったままでいい。鳴はオレの手順を見ながらきれいに手を動かしていく。集中さえすればなんてことないことなのだろう。あっさりと結び終わった。それもオレよりきれいに。なんかむかつくな。

「どう? 葉子さん」

 ドヤ顔で葉子さんの方を向く。葉子さんはわーすごーいなんて白々しく拍手する。おだてられてさらにドヤ顔になる鳴には葉子さんの目が、ほんの一瞬だけひどく愛おしいものを見る目になったことに気づいてないようだ。

 なんだかんだ言って、このよくできた先輩マネージャーは鳴に甘い。けれどすぐにその表情をしまい込む。部内だし、鳴は間違いなくこのチームのエースになるだろうし、恋愛沙汰は明らかに面倒事に発展しかねない。それをちゃんとわかった上で自分にまとわりつく鳴を上手くあしらう風を装っている。

 大変だよな。どっちがともなくオレは思った。

 そして翌日、詐欺〜と半泣きで叫びながらグラウンドを走り去る鳴の姿があった。




「え、なんで詐欺なんすか」

 樹はきょとんとする。話の流れからすれば、鳴が葉子さんにネクタイの結び方を教えて、めでたしめでたしとなるところだ。けれどそこは葉子さん。

「入学式の間に葉子さんは林田部長に教えてもらったんだと」
「は…林田部長に…」

 まさかの林田部長に鳴もオレも驚いた。また葉子さんも教えてもらうのにいい人選をしたもんだ。

「だから、お前のそれは林田部長仕込だな」
「え…それは、なんか、どうなんすかね」

 葉子さんに結んでもらったという喜びが薄れていく林田部長の脂ぎった存在感に樹は複雑な表情で、体育館へとむかった。その後ろ姿にはがっかり感がにじみ出ている。

 たぶん、葉子さんはソレを狙って林田部長に教えてもらったのに違いない。

 くえない人だよ。何があってもオレは葉子さんの手を煩わせるようなことはしないと、その時に心に誓った。

 鳴にまとわりつかれながら、本校舎へ入っていく葉子さんの背中を見ていて、ふと、鳴も葉子さんの気持ちをわかっていて、誰からもわかるように葉子さんにまとわりついているんじゃないかと思った。

 この一年、鳴は「葉子さんのこと好きだな」と言われるたびに一貫してこう答えていた。

「違うよ、葉子さんがオレのこと好きなの」

 鳴の口から葉子さんのこと「が好き」だという言葉が出たことはない。それも葉子さんと同じで、部内で面倒事にならないようにと無意識の配慮なんじゃないだろうか。

 好きと言わずにまとわりついて、そっけない態度の葉子さんの方が自分のことを好きだと言う。周囲はそれを笑って流す。葉子さんは鳴のお守り役として面倒なのに好かれてるなと同情されるくらいだ。エースと二人っきりで部室にいったって、誰もうがった見かたはしない。他の女子マネたちも嫉妬すらしない。

 そうやって、葉子さんを鳴は守ってる。

 …なんて、あの坊やがわかってやってるわけないか。買いかぶりもいいところだよな。

 自分の考えに苦笑して、無意識にネクタイをゆるめた。遠くでもわかる鳴と葉子さんの姿に、それでも、二人の気持ちが向き合っていることは間違いないことなのだろうと目を細めた。




20140513


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