第9話
あれから何日か経った。まだ、私はてっちゃんが好きだ。人の気持ちなんてそんなに簡単に変われるものじゃない。けれど、以前のように思いつめることはなくなった。それはたぶん、伊佐敷くんのおかげだろう。
「んじゃ、こりゃ」
私が差し出した紙袋に伊佐敷くんは眉をひそめる。
「…お、礼かな」
いつまでも受け取らない伊佐敷くんにしびれをきらして、その胸に押し付けた。伊佐敷くんはあっけに取られて紙袋を手にすると、早々に中を覗く。
「何だ、食いもんじゃねぇのか」
「意地汚い」
「うるせぇ!テメェ、それが礼する態度かよ」
「ケチつけるからでしょ」
伊佐敷くんに何かプレゼントを用意するだけでも恥ずかしかったのに、こうして面と向かって渡すのはもっと恥ずかしかった。伊佐敷くんの悪態は私の気持ちを少し軽くしてくれた。不思議だった。あんなにも居心地の悪い相手だったはずなのに、今は逆だ。てっちゃんのそばと同じように安心感だけではなくて、心が浮き立つようなはずむような感じがあった。
「オマエさ、こういうの、あんますんなよ」
「え?」
私の気持ちとは裏腹に伊佐敷くんは大きくため息をついた。
「哲しか見てねぇから、わかんないんだろうけどよ。好きでもないヤツにこんなことすんじゃねぇよ」
期待しちまうだろーが、とそっぽを向いた。
「ごめん…でも、嫌いじゃないよ」
「オレに…哲を求めてんじゃねぇよ」
その言葉は痛かった。てっちゃんの代わりを求めたわけではないけれど、無意識のうちに伊佐敷くんの気持ちに付け込んで、自分に心地の良いよりどころにしようとしていた。それを伊佐敷くんは見抜いたんだ。
「それでもいいからオレにしとけ、なんてイイ奴ぶれねぇからよ」
嘘ばっかり。こんな状態の私に付け込むことなんて簡単にできるのに、いい人だから、それをしない。いつだって伊佐敷くんは、私の背中を押して、私の前で待っている。私が自分で伊佐敷くんを選んでいくことを望んでいる。
「…もうちょっと、待って」
まだ、てっちゃんを、すべてをふっきったわけじゃないから。
「いくらでも」
伊佐敷くんはそっけなくそう言うと、これサンキューなと紙袋を少し掲げて、寮の中に入っていった。その背中を見送って、少し寂しさを感じる自分に苦笑する。
いくらでも、と言った伊佐敷くんを思い出して、すぐだよ、と心の中でつぶやき返す。
次に空を見上げた時に、私の隣で誰よりも優しく受け止めてくれるのは ―― きっと彼だろう。
end
20070401→0404改