夢 | ナノ

第5話


 就寝前の自由時間、純は寮の自販機の前でぼんやりと上を見上げていた。何を眺めているのかとその視線の先を追うと、大きくほぼ丸い月があった。

「どうした」
「うぉっ!哲かよ…!このヤロー足音もなく近づくんじゃねぇ!」

 驚いた自分を取り繕うように純はオレにパンチを繰り出す。それを適当に受け止めながら、自販機に小銭を入れた。買おうと思っていた物のボタンを押す前に純がバナナオレを押す。

「…純」
「ザマーミロ」

 カカカッと悪びれもなく純は笑う。

「お前におごってやろうと思ったやつなんだが」
「な!先に言え!くそー」

 決して誰もが気持ち悪くて最後まで飲みきれないという伝説のバナナオレを純に差し出すと、それでも純はしっかりと手にとった。

「飲み干してやろうじゃねーか!」
「やめとけ。すでに消費期限が切れてる」
「げっ…!そんなにみんな買ってねぇのかよ」

 あとで倉持にでもやろう、そんな純の不遜なつぶやきは聞こえないふりをしておいた。

「さっき、何をぼんやりしてたんだ?」
「あ?別に」

 純はあご下を触りながらいつもの調子だ。豪快で開けっぴろげで直情的な表裏のない男だが、その実、口が堅く、情に厚い。それも自分のことよりも大事に思う人の弱いところや秘密に関しては特に。だから純はきっと葉子のことを知っていると確信していた。

「葉子の…」
「あー、あんま気にすんな」

 ボリボリボリと音がたつほど大きく頭をかきながら純はオレの言葉をさえぎった。

「オレは何にも聞かねぇし、言わねぇ」
「純…」

 オレのことをズルイとは思わないのか?オレは葉子の気持ちを知っている。そして純の気持ちも薄々気づいている。けれど何もしない。何も聞かないし言わないのはオレの方だ。正直、どうしたらいいのかもわからない。先のことなんて考えられない。今は野球をすることだけで精一杯なのだ。それがたとえ逃げていると、とられようとも。

 このままじゃダメだということも、わかっているのに。

「葉子が男だったらよかったのにな」

 ポツリともらしたのは本音だ。葉子が一緒に始めた野球を女だからという理由で辞めざるを得ない時に強く思った。

「アイツ、野球上手いんだ」

 葉子が野球を上手いことがなぜか誇らしいことだった。ちょっと自慢げに言うと純はハッと呆れたように笑った。

「でも…葉子は妹だ」
「知ってるよ、んなこと」

 それこそ野球部のみんながな、と純は笑う。

「大切だから、どうしたらいいのかわからないんだ」

 野球を一緒にしていたあの日が続いていれば、こんな悩みなんて無縁だっただろうに。けれど、無常にも男女の差はきっちりと年毎に現れて、オレたちを分けていった。

 大切な妹だからこそ、傷つけたくない。だからといって、気持ちに答えられる日は永遠にこない。だから…葉子が自分で吹っ切り、終わらせてくれることを願っている。そんなオレにできる唯一のことは、葉子が吹っ切るまで彼女を作らないでいることだけだ。

「オレはズルイ」
「…お前がズリィーならオレなんか悪党だな」

 アイツがぼろぼろになるのを待ってるんだからな、と純は月を見上げた。

 月はなぜ、届かないものの象徴なのだろう。純と同じように、果たして明日には満ちるのか欠けるのか、それすらもわからない月を眺めた。





20070315→0401改


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