第2話
昼休みも終盤にさしかかると、戦場のようにごったがえしていた食堂も嘘のように落ち着いた空気が流れている。葉子さんに聞いた通り、純さんは食堂にいた。もっとも純さんが食堂にいることをオレは聞く前から知っていたけれど。それというのも…
「純さん」
「おぅ、御幸か、何だ」
「…何だじゃないっすよ。何の実験っすか」
純さんは牛乳パックのストローをしがんだまま、椅子にそりかえって座っている。その前には倉持がテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
この茶番は純さんが仕組んだものだ。仕組んだっていうのはさすがに言い方が悪いかもしれないけれど、葉子さんに自分の居場所を聞きに行ってみろと、そうオレに言ったのは純さん本人なのだ。
バッターとしての純さんをキャッチャー視点から分析してみれば、力勝負の直情型だ。野生の直感に近いもので勝負している節すらある。そんな純さんが、どうしてこんな人を試すようなことを、と思う。
「実験なぁ。」
飲み終えたパックをつぶして純さんはオレに向き直った。
「オレの名前で嫌な顔したか?」
「…しました」
「そっか。なら、ま、いーや」
何がいいのか、純さんは一人で納得するだけして、飲み干した牛乳パックをオレに押し付けると食堂をあとにした。純さんが座っていた椅子に座ると、むくりと倉持が起きた。
「んだよ、起きてんじゃん」
「やー、何かあの後やりずらくってよ」
倉持はいつものようにひゃははと笑う。
「純さんさー、葉子さんのこと好きなんじゃねぇの?」
「…やっぱそう思うか?」
倉持の意見はオレも考えたことだ。でも、それだけでもない気もする。
「まー、告る前から嫌われてたらショックだよなぁ」
「…確かめたのか?」
「あ?何がよ」
「いや、何でもねー」
純さんは、自分の名前で葉子さんが嫌な顔をすることを知っていて、今日オレに確かめさせた。もしかして、葉子さんが自分の名前で嫌な顔をしない日がくると、確信してる…とか? いや、それとも葉子さんが自分の居場所がわかるかどうかを確かめたのか?
「わっかんねーなー」
だいたい葉子さんが純さんを嫌う理由がわからない。生理的に受け付けないだけなのかと思っていた。何しろ葉子さんは哲さんと双子だ。哲さんと純さんのタイプの違いを考えればありえないことではないだろう。けれど…もっと何か、違う理由があるのかもしれない。
「御幸? そろそろ行こーぜ」
「あぁ、そうだな」
倉持にせかされて席をたつ。テーブルには純さんが置いていったつぶれた牛乳パックが無様に転がっている。それをゴミ箱に投げ入れて、オレには関係ない、そう自分に言い聞かせた。
20070302→0330改