夢 | ナノ

9話

 二岡くんはものすごく複雑な表情を浮かべていた。伊佐敷くんからチョコを受け取ると、え?!と私の方を見る。気恥ずかしさに気まずさも手伝って、私は勢いよく二岡くんから顔をそむけた。

「男が男にあげるなんて、気持ち悪い光景よねぇ」

 林子は笑いをかみ殺している。

「だって、伊佐敷くんが…」
「ま、アンタが愛されてるって証拠よね」

 朝、伊佐敷くんにチョコを渡した。気持ちを伝える前にまさかの告白を受けて、私たちは晴れて両想いになったのだった。

 その時、伊佐敷くんが思いもかけないことを口にした。

「それ、すんげームカつくんだけどよ」

 それ、と私の持っていた二岡くんと仁志くんに用意した義理チョコの袋を指した。

「えっ…何で?!」
「花沢が、他のヤツにチョコやんのがイヤなんだよ」

 理由がわからなくて驚いていると、伊佐敷くんはほんの少し口をとがらせた。

 もしかして、嫉妬、なのかな? なんて思ったけれど、たかが義理チョコくらいでそんなことあるわけないと笑った。

「義理だよ?」
「…二岡のヤロー、チョコが食えなくなるくらいに、ぶっ飛ばしてやる」
「え?!」

 さすがにそれは、ただの八つ当たりなんじゃないかと思うんだけど、伊佐敷くんはどうやら本気で言っているみたいだった。二岡くんにプロレスの技をかけている伊佐敷くんが容易に想像できるから不思議だ。

「でも、約束は約束だし…じゃあ、これ、伊佐敷くんから渡してあげてくれる?」
「あぁん?!」

 伊佐敷くんは私の提案にありえないほど顔をゆがめた。けれどしばらく黙って考えた後、しぶしぶ私の手から二岡くんと仁志くんの分の義理チョコの袋を取った。

「…仁志にはほんとにやんのか?」
「うーん、別に約束してないし…クリスくんにあげてくれる? 今日のこともクリスくんのおかげだし」
「アイツ…花沢がオレのこと…その、気持ちっての知ってたのか?」
「…うん、気づいてたみたい」

 伊佐敷くんは何だアイツとつぶやいて頭をガシガシとかいた。

「クリスくんは…伊佐敷くんの気持ちも知ってたの?」

 もしかして、ずいぶん前から両想いだということをクリスくんは知っていたのじゃないかと思って聞くと、思いもかけない答えが返ってきた。

「…野球部みんな知ってんぞ」
「…え、何で?!」

 まさか伊佐敷くんがぺらぺらと話すとは思えないんだけど…と思っていたら案の定だった。伊佐敷くんは肩をすくめて少し笑う。

「何か、バレてたんだよな」
「あ〜、何となくわかるような気がするかも」

 伊佐敷くんってわかりやすそうだもんね、と笑うと、じゃあ何でオマエは気づかなかったんだよとふてくされた。そういわれると確かにそうなんだけど…お互い自分のことになると見えていないものがたくさんあるんだろう。

「何かいろいろあって、私なんて好きでいてくれるわけないと思って…」

 ほら、Tシャツ使ってくれてないし、と付け加えると、伊佐敷くんは顔をわずかに赤くした。

「…寝る時に着てる」

 それを聞いた私まで恥ずかしくなってしまった。顔を赤くした伊佐敷くんも、なんだかかわいくて、こらえきれなくなって、クスクスと笑い出すと、何笑ってんだよと伊佐敷くんはますます口を尖らせた。



「つかさ、寝てる時に着てるってやらしくない?絶対、伊佐敷くんってムッツリだと思うよ」
「誰がムッツリだって?」

 あぁん?と伊佐敷くんは腕を組んで私たちの前に立っている。ほんの少しだけ眉をあげて、睨むまねをする。その目の端は優しくて本気で怒っていないことなんてすぐにわかる。

「そっか、ムッツリなんだ。覚えとこ」
「なっ!」
「気をつけたほうがいいぞ」

 クックと喉で笑ってクリスくんも話に入ってきた。

「チョコ、悪かったな、オレにまで」

 胸倉をつかんで、気をつけろって何だと、わめきたてる伊佐敷くんをキレイに無視してクリスくんは私にお礼を言った。

「ううん、何か、お世話になりました…」

 クリスくんはお互いの気持ちを知っていたんだなぁと思うと、ちょっと恥ずかしい。

「ほんと、世話が焼けんのよ、アンタたち」
「あぁん?! だいたい、テメェは他の男とくっつけようとしてたじゃねぇかよ」
「伊佐敷くんがあんまりにも何にもしないから焚きつけてやろうと思ってね」

 勝ち誇ったような林子の言葉に伊佐敷くんは言葉を失う。ついでに私も驚いた。

「え、ちょっとまって、林子も知ってたの?」
「わかりやすのよ、アンタたち」

 大きくため息をつく林子に私と伊佐敷くんは顔を見合わせた。伊佐敷くんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた後、ふっと頬をゆるめて目を細めた。その顔に私もつられるように笑顔になった。


 私たちは、その胸に抱えていた自分の気持ちばかりに気をとられて、相手の溢れんばかりの気持ちにちっとも気付いていなかった。それは周りの誰もが気付くほどの眩しさだったのに。


end





20070506


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