夢 | ナノ

5話

 野球部の予定はばっちり頭に入っていた。明日からの連休は遠征で、バレンタインの前日は公欠だ。伊佐敷くんの周りはいつも男子でいっぱいで、渡す隙はないかもしれないと思っていたので、前日に公欠で休みなのはラッキーだった。

「どうする気?」
「机の中に入れとくの」
「…消極的ねぇ」

 林子は、あ〜あと呆れて笑う。

「しょうがないじゃん。もうダメージ食らいたくないんだもん」

 直に渡す勇気はなかった。伊佐敷くんが喜んで受け取ってくれる姿なんてこれっぽっちも浮かばない。めんどくさそうに手にする姿が浮かんで、それを目の当たりにする勇気がなくて、机に入れておく方法に決めたのだ。

「…でも名前は書くよ」
「好きって書くの?」
「それは…まだ決めてない」

 まだ心が決められなかった。好きだって言いたくないわけじゃない。気持ちを知ってもらいたいとは思っている。ただ、ふられるだけならまだしも、伊佐敷くんに嫌な顔をされたらと思うと怖い。

 体育祭でちょっと優しくされたからって調子に乗ってるって思われるのかなぁ。でも伊佐敷くんを好きになったのはそれだけじゃない。きっかけはあくまで体育祭だったけれど、意識して伊佐敷くんを見るようになって、次々と伊佐敷くんの良さに惹かれていった。どうして他の女の子たちは気づかないんだろうと不思議に思うほど、伊佐敷くんはカッコよかった。

 クラスのごみ捨ては日直の仕事だった。重いゴミ箱は焼却炉まで持って行くのも大変だし、焼却炉のフタを開けるのも力がいる。伊佐敷くんは女子の日直が行こうとすると、男子の日直に適当なことを言って行かせていた。その男子への言い方が乱暴だったり、たまには冗談交じりに蹴飛ばしたりもしていたから、伊佐敷くんの優しさがわかりにくいものだったのかもしれないけれど。

 私が日直の時に、伊佐敷くんにいつものように男子の日直に行くようにさせてくれるかも、そんな浅ましい期待をして、ゴミ箱を持っていこうとしたことがあった。
別に私にだけの優しさではないことはわかっているけれど、他の女子にすることを私にもしてほしかったから。

 けれど教室から出ようとしても、伊佐敷くんは箒を抱えたままクリスくんたちと喋っていた。いつものように男子の日直を促すようなことはしなかった。

 ショックだった。教室から出たものの、足取りも重い。つまらないことするんじゃなかった。ゴミ箱がふくらはぎにたまにあたる。痛いほどではないけれど、冷たくて泣きたくなった。

 ふいにゴミ箱が軽くなった。顔をあげると伊佐敷くんがいて、その手は私の持っている方とは反対側を握っていた。

「ったく、二岡だろーが。あのヤローあとで絞めてやる」
「…いいよ、私、持ってくよ」

 けれど伊佐敷くんは二岡くんの悪口雑言を口にするばっかりで、結局、焼却炉まで一緒に持って行って、一緒に教室まで帰ってきた。教室に戻るとすぐに伊佐敷くんは何もなかったように自分の荷物を取りに行く。その背中に声をかけた。

「伊佐敷くん、あ、あの、ありがとう」
「あーん? 何もしてねーっつの」

 私の方を振り向ききらずに、そう言うとしっしと振り払うように手を振る。そんな乱暴な言葉遣いと態度の裏に潜んでいる優しさを私は確かに感じ取っていた。それが私にだけ向けられたものではないと言い聞かせながらも。


 始業5分前になって、どやどやと野球部が教室に入ってきたのを見て、林子はまた大きな声を出す。

「仁志くんにチョコ用意しなきゃね!」

 その声に伊佐敷くんがコッチを見た。目を見張って、私を見てる。何でそんな目で見てるんだろう。もしかして、バレンタインなんて軟弱な行事に騒ぐ女は嫌いとか?!もしかして、そこからアウトなの?!

「チョコ…」

 ぼそりと伊佐敷くんはつぶやいた。…バレンタインを知らないわけじゃないよね?

「何、伊佐敷くん、チョコ欲しいんだ」

 からかうように林子が言うと、伊佐敷くんは意外にも真顔で頷いた。ヒゲをちょこちょこっと触りながら、一歩、私たちの方に近づいた。

「くれんのか?」
「あげるよ、ねぇ? 葉子?」

 林子は含み笑いで私を見た。伊佐敷くんも私を見ている。これは、チャンスなのか、それともピンチなのか。伊佐敷くんがどうして欲しいと言ったのか気持ちがわからない。けれどここで「あげない」なんて言えない。ううん、言っちゃいけない、伊佐敷くんの目に吸い込まれそうになりながら、私の本能がそう告げる。

「あ…あ、げるよ」

 恥ずかしくて、声が上手く出なかった。顔が火照ってきてて、胸がドキドキと高鳴る。伊佐敷くんは表情を変えないまま、私を見ていた。

「オレだ…」
「へ〜、いいね。花沢、オレにもちょうだいよ」

 伊佐敷くんの言葉を遮ったのは、突然やってきた二岡くんだった。私と伊佐敷くんの間を遮って、にこにこと笑っている。ここで二岡くんにはあげないなんてこと言えるはずもなくて、私は曖昧に笑って頷いた。

「ラッキー、これでオレ三つ確保だ」

 意気揚々と二岡くんは次の女の子の元に駆け寄っていく。なるほど、と納得した。義理でも数が欲しい男の子心理ってやつだ。伊佐敷くんが欲しいって言ったのもそれだろうと納得する。でなければ、私に欲しいなんて言うはずないじゃない。

「何か言いかけなかった?」

 二岡くんのおかげで、気負いが抜けて、普通に伊佐敷くんに話しかけることができた。伊佐敷くんは二岡くんの行った方を見てたけれど、私に向き直ると、なんでもねぇよ、と頭をかいた。







20070423


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