夢 | ナノ

2話

 寮で夕食をとった後、いつものようにみんなとたわいもない話をしていた。テレビからながれてくるクイズ番組の問題がざわついた食堂の中を通り過ぎていく。

「純?」

 食器を片付けてきた亮介がニマニマと人の顔を覗き込んでくる。それが意味もなく腹立たしくてパンチを繰り出す。亮介が軽くかわすものだから、なおさら腹が立つ。

「なんだ、おら!」
「仁志って知ってる?」

 その言葉に繰り出すパンチの力が目に見えてなくなる。

「知らねぇな」

 平静を装って短く答えた。けれど、少し声が震えてしまったような気がする。

 そう、オレは仁志なんて知らない。ただ、森林子がいつも花沢葉子に付き合えと言っている男の名前だってことは知っている。それだけだ。それだけなのにどこかのチームのピッチャーならしこたま打ち込んで再起不能にしてやるのにと思うほど腹立たしい。

「仁志はね〜、普通にいいヤツなんだよね」
「何だ普通って」

 亮介の言葉にクリスが苦笑しながらも珍しく話にはいってきた。

「男子にも女子にも普通にね。純みたいにさ、同性にばっかもてるヤツとは違うってこと」
「うるせぇ」

 好きで女に好かれてねぇわけじゃねぇっつーの。

 正直、女の扱いも上手くないし、緊張してしまうからつい無愛想になる。それがよくないらしいが、いまさらこの伊佐敷純が「やぁ」なんて爽やかに女に笑うことなどできるわけもない。仮にそんなことしてみろ、気持ち悪がられて病院に連れて行かれるのがおちだ。

 そんな愛想もへったくれもないオレにただ一人、声をかけてくれるのが花沢だった。体育祭でのことがあってから特に増えた。だから、それは花沢的に恩を感じたからことからくる義理なのだろう。けれどオレにとって花沢は体育祭の前からちょっと特別だった。要するに好きだったわけだ。誰にもこのことを話したことなんてないのに、なぜか野球部の面々には気づかれていた。そのせいでせっかく花沢が声をかけてくれても緊張とまわりの目が気になってどんどん無愛想になっていく。さらに体育祭でのことでオレは花沢と距離をとろうとしていた。

「バレンタインにも普通にもらうんだろうね」

 そうだ、もうすぐバレンタインだ。今日、花沢も机の上にバレンタイン特集と書かれた雑誌を広げていた。あれが気になって気になって仕方ないことを亮介は見透かしているんだろう。

「けっ、チョコなんざ…」
「花沢にもらえるといいな」
「…あ、ぁ」

 オレの強がりを粉砕するようにクリスがまじめな顔で言う。クリスにそう言われるとつい素直にうなづいてしまう。

「仁志くんももらっちゃうかもねぇ?」
「うるせぇんだよ!てめぇは!」

 明らかに面白がっている亮介にヘッドロックをかける。ギブギブと腕を叩く亮介を無視してしめあげる。人の恋路を邪魔するヤツは死んじまえってな!

「何で告んないんスか」

 突然、1年のキャッチャー、御幸の声が割り込んできた。突然なのは声だけじゃない。内容もだ。

「な、な、な、何でそんな話になんだよ!」

 動揺して亮介を放り出す。頭から湯気が出てるのではないかと思うくらい熱くなってきた。どこかの血管が1つくらい切れているかもしれない。しかし、そんなオレとは対照的に御幸は淡々としていた。

「いや、普通、好きなら告るんじゃないんすか」
「ば、バレンタインは女からってのが相場だろうが」
「別にバレンタインに告れって言ってないっすよ。バレンタインの前に告ればいいんじゃないんすか」

 目からうろこ、というのはこの場合正しい表現だろうか。自分から告白することなどこれっぽっちも頭になかったオレは呆けて御幸を見た。御幸はさらにとんでもないことを言う。

「だって、脈ありなんでしょ」
「みゃくっ?」

 御幸の言葉を繰り返そうとして、声が裏返ってしまった。それくらい驚いた。脈ありっていうことは、花沢がオレのこと好きだって、そういうことだろう?! そんな都合のいい話、あっていいはずがあるもんか。

「あ、あるわけねぇだろがよー!」

 みゃくって声裏返ってんのと笑う亮介たちに八つ当たりのこどく蹴りをいれる。

「ないとも言い切れないんじゃないんすか? だって、女子に嫌われてる純さんに話しかける貴重なヒトなんでしょ」
「…嫌われてるっつーな」

 御幸の一言に地味に傷つく。そんなオレの様子にかまわずに亮介は御幸に、ナイナイと手をふる。

「体育祭のことがあるからでしょ。御幸、見てなかった?」
「あー、あれ、そうなんっすか! 何だ、じゃあ余計に脈ありじゃないすか」
「何で、そーなんだよ」

 体育祭のことは、オレ自身が花沢に悪いことをしたと負い目に感じていた。それだけに恩以上のものを期待できるはずなんてないと思っていたから、御幸がそう思う根拠がわらかなかった。クリスも亮介も御幸に理由を促すように見る。

「だって、純さんに助けられたわけじゃないですか。普通はそれだけで惚れる理由になるんじゃないんすか?」
「なるほどな。純があまりにも女子から避けられているから、あれしきのことで好きになられるとは思ってなかったが…」
「そーだよね、純の株ってありえないくらい低いしね。単に憐れで仕方なく話しかけてくれてるもんだとばっかり思ってたよね」

 クリスと亮介は悪気があるのかないのか、軽快に人の心をザクザクと切るように言う。腹立たしくて技をかけてやろうと両手の指をボキボキと鳴らすと、クリスはふっと笑った。

「よかったな、純。望みはあるみたいだぞ」
「お、おう」

 技をかけるタイミングをすっかり奪われて拍子抜けする。けれど心には逆に力が漲ってきた。意味もなく自信まででてきて知らず知らずのうちに胸を張る。すると亮介が嫌な顔で笑った。

「じゃあ、明日は純の初告白日ってことで!」

 その言葉に食堂が沸きあがる。いつのまにかすっかり食堂内での注目の話題になっていたらしい。

「…なんでそんな話になんだよ!」
「えー、だって、明日告んないと、明後日からの連休は遠征で月曜まで公欠じゃん。バレンタインって火曜でしょ」
「べつにバレンタインまでに告る必要ねーっつってんだろ!」
「あっそ、じゃあ、仁志にだけチョコ渡すかもしれなくてもいいんだね?」

 仁志の存在に、ぐっと詰まる。が、良く考えたら最初から仁志にあげるつもりなら、オレが告白しようがしまいが関係ないじゃないか。

「…仁志に最初からやるつもりなら、バレンタイン前だろうが後だろうが…ふられるじゃねーかよ」

 ふられる、と口に出すのは嫌な感じだ。わずかな可能性を自分の口で否定したような気分になってしまう。

「仁志のこと好きな感じはないけどさ、森がお膳立てしそうじゃん。で、誰にもあげるつもりがなかったんだけど、そこまで言うなら仁志くんにあげるわーってあげちゃったりしたら、花沢ってかわいいし仁志も嬉しくてつい手ぇ出したりするかもしれないじゃーん」
「確かに、何もしないままもっていかれるのは男として恥だろうな」
「そーっすよ、純さん!男見せてくださいよ!」

 いつのまにか食堂では球場でしか聞こえないはずの、オレのいつもの応援歌である「ねらいうち」コールで沸きあがっていた。





20070412


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