昨日未明、歴史修正主義者による襲撃を受けた某本丸が壊滅。
審神者は死亡し、刀剣男士三十一振のうち遠征に出ていた六振を除きすべて死傷したため、当該本丸の運営継続は不可能となった。
各国の審神者においては、本丸の一層の結界強化、ならびに警戒と刀剣への注意喚起を命ずる。






「……またか、」


政府から届いた通達を読み終えた私は、そう言ったのち大きく息を吐いた。

歴史修正主義者による、本丸襲撃事件。
数か月前よりたびたび起きていたこの出来事も、ここ1ヶ月くらいは起きていなかったからと安心しかけていたけれど…まだまだ油断はできないらしい。
しかも今回は審神者が死亡したという。過保護と言ってもいいくらいに心配性な我が本丸の刀剣たちに、私はひとり、感謝した。


「あるじさま、どうしたんですか?」

「わあッ!」


それまで静けさを保っていた執務室に響いた声は、私の肩を跳ねさせるのに十分だった。
何事かと反射的に振り向けば、そこにいるのは岩融と彼の背中に乗る今剣。
彼らは未だばくばくとうるさい主の心臓なんて知らないとばかりに、私が手にする紙へと視線を落としていた。


「なんだ、政府からの通達か?」

「うん、遡行軍の襲撃で本丸が壊滅したから気を付けろって」


怖いよね。
そう言えば岩融はがははと笑い、今剣はなにいってるんですかと強気な表情を浮かべた。


「あるじさまはぼくたちがまもるんですから、なにもこわいことなんてありません!」

「今剣の言う通りだ、あまり俺たちを見くびってもらっては困るな」

「見くびってなんて、」


いないけど、襲撃された本丸の刀剣たちだって、きっと主を守ろうと必死だったんだよ。けれど審神者は殺されてしまったんだよ。
そう思ったけれど、彼らにこの言葉を言ったらいけないと思った。
言ったところでどうなるわけでもないし、それ以上に、彼らの矜持を傷つけてしまうと思ったからだ。


「…そうだね。みんながいれば大丈夫だよね」

「とうぜんです!」

「ふふ、頼もしいなあ」


ふん、と鼻を鳴らして言う今剣の頭を撫でるべく立ち上がり手を伸ばせば、彼は嬉しそうに笑う。
するとそのすぐ手前にいる岩融が、ところで主と私を呼んで。


「万屋にはまだ行かぬのか?」

「………あっ!」

「あっ、そのはんのうはわすれてましたねあるじさま!」

「ごめんごめん、呼びに来てくれたんだね」


言いながら時計に視線を落とせば、2人と万屋に行く約束をしていた時間を10分ほど過ぎている。
そろそろ行くかというタイミングで近侍の歌仙から通達を渡されたからだろう、2人には申し訳ないが、すっかり忘れてしまっていた。


「書類は片付いたのか?」

「まだ途中だけど、キリがいいところで中断したから大丈夫。残りは帰ってきてからやるよ」


じゃあ行こうか。
執務室を出た私たちは、他愛もないことを話しながら玄関へと向かう。

今日の夕食には私の好物である獅子唐を出すと歌仙が言っていたこと、牛乳を飲むべく炊事場に来ていた獅子王がその会話を聞いて複雑な顔をしていたこと。
小腹が空いたからと炊事場へやってきた兼さんに獅子王が夕食のことを伝えると、苦々しい顔をしていたこと。
苦いという理由でピーマンが嫌いな兼さんのことだから、きっと獅子唐も苦手なのだろうということ。

ついさっきまで物騒な話をしていたとは思えないくらいに、平和な話題だった。


「そういえば、きょうはなにをかいにいくんですか?」

「お守りと、光忠に頼まれた食料品だよ」

「お守り?俺たちは全員持っているだろう」

「しっ、それいじょうはいけませんいわとおし」


人差し指を自身の口に当てた今剣に、岩融が不思議そうな顔をした。
どういうことだ、そう言いたげな表情である。


「いわとおしはさいきんきたからしらないんですね、これはあるじさまなりのがんかけなんです」

「えっ言っちゃうの?」

「あるじさまにいわせるのはあまりにかわいそうなので、ぼくがかわりにいうんです」


それ以上はいけません、なんて言うから話さないでくれるのかと思えば。
そう思いながら今剣を眺めていれば、彼が得意気な顔をして口を開く。


「きてほしいかたながいつまでもこないとき、あるじさまはおまもりをかうんですよ」

「なるほど、願掛けとはそういう意味か!」

「ちなみにこんかいはつるまるくにながです」


ぜんかいはいわとおしだったんですよ。
相変わらずの得意気な表情で、けれど嬉しそうに今剣が言った。


「今剣が会いたがってたから鍛刀とかも頑張ったんだけどなかなか来てくれなかったからね。願掛けも兼ねて、いつ来てもいいようにお守りを買ったら次の日に来てくれたんだよ」

「あのしゅんかんはおどろきました!」

「ははは、遅くなってすまなかったな!」


その言葉に、驚きのあまり岩融に話しかけられるまで呆然としていた今剣の姿を思い出す。
口を半開きにさせて目は丸くさせて、待たせたな今剣と言われた瞬間泣き出して。
あの時のことはずっと忘れないだろうと思えるくらいに、私と今剣にとって思い出深い出来事だ。

そんな物思いにふけっていると、いつの間にやら辿り着いていた門を岩融が開く。
そうして本丸から一歩足を踏み出すと、


「あれ?」

「ん、どうした?」

「あそこにかたながあります」


今剣の指差す先を目で追えば、そこには確かに汚れきった一振りの刀があった。
恐る恐る近付き見れば、鞘には土埃のような汚れと血にも見える赤黒い斑点があり、ところどころに傷がついている。
けれど元は白い鞘だったのだろうか、汚れや斑点の隙間から覗く白さが印象的な、太刀ほどの大きさがある刀だった。


「すごい汚れちゃってるね。でも何でこんなとこに、」

「触れるな主、敵の刺客の可能性もある」


言いながら刀を手にしようとした私を岩融が制止し、思わず伸ばした手を引っ込める。
油断しちゃいけないと思った矢先に、と反省しながら後ずさりすれば、岩融が今剣の頭を撫でた。


「今剣。すまないが、にっかりと石切、それに太郎太刀を呼んできてくれ」

「わかりました!」


岩融の背中から飛び下りた今剣が駆ける。
そうして再び朽ちかけた刀に目を向ければ、念のためだと岩融が呟いた。


「俺の見立てでは危険さは感じないが、本丸に持ち込み万一のことがあっては困るからな。あやつらに確認してもらうこととしよう」

「そうだね。もし青江たちが来て刀剣男士だろうって判断しても、顕現させるのは第一部隊が戻ってからにしよっか」

「もうじき帰ってくるのか?」

「私達が万屋から戻る頃には帰ると思うよ」


これが敵からの刺客だとして、今本丸に残っている子達だけでは対処できないかもしれない。
非番の子もいるし高練度の刀剣のすべてが出陣しているわけではないけれど、今出陣している6人中4人が太刀か大太刀だ。
本丸に残っている者のほとんどが短刀ということを思えば、岩融の言う通り、万一に備えて損はないだろう。


「あるじさまー!いわとおしー!」


慣れた声に振り返れば、今剣に手を引かれる石切丸、そしてその後ろを歩く青江と太郎の姿があった。
既に今剣から話は聞いたのだろうか、3人とも真剣な面持ちをしている。


「ボロボロの刀を見つけたんだって?」

「うん。岩融が見る限り問題はなさそうだけど、念のため確認してもらおうって」

「して、どうだ?」


今剣と私をかばうように背後においやった岩融が聞けば、石切丸が刀に触れる。
あたりに不穏な空気や霊力が漂っていればまず触れることなどないだろうということを思えば、やはり岩融の言葉通り、特に問題はないのだろうか。


「…うん、私が見るに危険ではなさそうだ」

「僕もそう思うよ。まあ、どうしてこんなにボロボロなのかっていうのは気になるところだけどね」

「そうですね……その点については不思議ではありますが、恐らくこの刀は我々と同類でしょう」

「同類って、刀剣男士ってこと?」

「はい。弱弱しくはありますが、神気を感じます」


となるとなぜここにいるのか、そして青江も言っていたここまでボロボロな理由が気になるけれど、考えたところで答えが出るわけでもない。
顕現すれば何かわかるかもしれないけれど、それだってもうしばらくは叶わないわけだし。


「とりあえず問題ないってわかってよかったよ。一応顕現させようと思ってるんだけど異論ない?」

「ええ、問題ないかと」

「もしかしたらまだうちにいない子かもしれないしね」

「このまま放置するのもかわいそうだからね。これは私たちが見ておくから、君たちは万屋に行ってくるといいよ」


刀を手にした石切丸たちは、いってらっしゃい気を付けて、と口々に言って本丸に戻っていく。
あんなに汚れてしまって、顕現させたらすぐに手入れ部屋に入れる必要があるかもしれない。


「てきじゃなくてよかったです。たちくらいのおおきさでしたし、つるまるかもしれません!」

「だとすれば今剣の手柄だな!」

「わっ!」


言いながら今剣を肩車した岩融は、笑いながら万屋に向けて歩き出す。
たまたま今剣が落ちている刀剣を見つけて、それがたまたま鶴丸だった、なんて偶然あるのかわからないけれど。


「もしあれが鶴丸だったら、明日の夕餉は今剣の好きなものばっかりにしてもらおっか」

「ほんとうですか!」

「うん、光忠に頼んでプリンも作ってもらおう」

「たのしみです!」


まだ鶴丸かどうかもわからないのに、まるで決まったことのように今剣が笑う。
けれどその笑顔を見ていると、あれが鶴丸であってほしいと願わずにはいられなかった。


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