この男は、どうしてあんなことをしたのだろう。
手入れ部屋の中、静かな寝息を立てて眠る男を眺めながら考える。
けれどそんなの何度も繰り返したことで、そのたび私は、辿り着けない答えに苛立ちながらこの刀と過ごした短い日々を思い返すのだ。

本当なら、今すぐにでも叩き起こして問いただしたい。
どうして無理に進軍しようとしたのか。仲間に危険が及ばないとでも思っていたのか。まさか、折れてもいいとでも思っていたのか。
そんな怒りや気持ちに偽りなんてないのに、口を開けばいくらでも溢れてきてしまいそうな感情が怖くて、独り言さえ躊躇われた。



「主、鶴さんどう?」



背後から聞こえてきた声は、光忠のものだった。
眉尻を下げて戸から顔を覗かせたその姿に、彼は数多の刀剣の中でも特に鶴丸と親しくしていたことを思い出して、私はまた鶴丸が恨めしくなる。
大切な友達にこんな顔をさせちゃうなんて、まったく何をしているの。
放たれなかった声は、きっと1ミリだって鶴丸に届いていない。


「っと……今はお休み中かな?」

「…うん。一応手入れは終わったけど、相当無理してたみたいだからもうしばらくは起きないと思う」

「まったく…ほら、君もそんなところにいないで」


……君?
近くに誰かいるのだろうか、横を向いた光忠が誰かを引っ張るような動きを見せながら言う。
そうして半ば強引に引っ張られたのち、姿を見せたのは。


「…大倶利伽羅、」

「………光忠がどうしてもと言ってきかないから、仕方なく着いてきただけだ」

「またそんな言い方して。確かに行こうって言ったのも連れてきたのも僕だけど、君だって十分そわそわしてたし大人しく着いてきたじゃないか」

「おい言うな」


光忠を睨みながら言う大倶利伽羅にしてみればたまったもんじゃないんだろうけど、いつもとまるで変わらない2人の姿に、私はなんだか安心した。
こんなことが起きても変わらないものはあるのだと、心がすっと落ち着いていくような、不思議な気持ちになったのだ。


「僕たちも入ってもいいかな。起こさないようにするからさ」

「うん、いいよ」

「…おい光忠、」


眉尻を下げ、心配でたまらないといった様子で入ってきた光忠の背中を眺めながら大倶利伽羅が呟いた。
彼はきっと、迷っているのだろう。
確かにわかりづらいと思うこともあるけれど、ただそれだけのことであって、彼は他人への気遣いもできる優しい刀だということを私は知っている。
光忠も大倶利伽羅も、表現方法が違うだけで、どちらも優しい刀なのである。


「大丈夫。ついさっき眠ったばかりだから、ここで宴会でも開かない限り目は覚まさないと思うよ」

「………」

「だから、大倶利伽羅もおいで」


静かな声で言えば、大倶利伽羅は少しだけ迷ったような表情を浮かべたのち躊躇いがちに部屋に入ってきた。
そうして私のすぐそばに腰を下ろした2人は、一向に目を覚ます気配のない鶴丸を静かに見つめる。


「……僕たちは姿を見てないけど、ひどい怪我だったんだよね」

「…うん」


帰還した彼の姿を思い出せば、落ち着いたはずの心臓がまたどくどくと鳴るのを感じた。
傷だらけの肌、肩に刺さる矢、真っ赤に染まった白い着物。そのすべてが私の心臓をどくりと鳴らし、手にはじわりと汗が滲んでいた。

けれど、怪我をしたのは彼だけではない。
確かに鶴丸の傷が一番ひどかったけれど、他の5人だってそれなりに傷を負ってはいたのだ。

その中でも、


「……今剣は、」

「うん、まだちょっと沈んでるみたい。岩融くんがついていてくれてるから大丈夫だと思うけど、相当責任感じてるね」

「…そっか」


彼に関しては、目に見える傷より心の傷の方が深いらしい。
鶴丸の手入れを行った後に他の第一部隊の面々を手入れしたのだけど、中でも今剣は相当つらかったようで、手入れの最中はぽつぽつと言葉を発するのみだった。
まあその後に手入れを受けた小狐丸たちから聞いて、戦場で何があったかはわかったわけだけど――…


「…帰りは元気だったって骨喰は言ってたけど、やっぱり気丈に振る舞ってたんだね」

「手入れされる鶴さんの姿を見て、傷のすさまじさを一層感じちゃったんだろうね」

「……………」


光忠の静かな声に、私も大倶利伽羅も黙り込んだ。
私に対する気まずさだったり空気を読んでのことだろうけど、鶴丸は手入れ中、ろくに言葉を発することはなかった。私に対しても、今剣に対しても。
気まずさも空気感も私が作り出してしまったものというか、それだって鶴丸の行動が原因なのだけど、それは今はいいとして…あの時部屋の隅に座り、自分が手入れされるのを待っていた今剣に彼が声をかけたなら、少しでも何か言ってあげていたのなら、今も元気を失って沈むことなんてなかったのかもしれない。

しれない、けれど。


「……気落ちしていることが、必ずしも悪いことではないだろう」

「…うん、私もそう思う」

「失敗から学ぶこともある。国永はこれだけの傷を負ったが、あいつにとって、今はそれを反省する時間となっているはずだ」

「僕も倶利ちゃんの言う通りだと思うよ」


確かに鶴丸は怪我をしたし、それによって今剣は心を傷めた。
けれど今剣のその感情は抱いて当然だし、抱かなければいけない感情であるとまで言っていいと思う。
きっとあの子にとって、その傷は抱くべきであり、今はそれを悔いる時間なのだろう。


「仲間思いな子だからね。今は沈んでいるけど岩融くんもついているし、ご飯をたくさん食べてゆっくり寝て、鶴さんが元気になった姿を見たら今剣くんもきっといつも通りになるよ」

「……あれ。それ聞いて思い出したけど、2人ともご飯は?」

「鶴さんが心配で急いで済ませたんだよ。主の分もちゃんとよけてあるから、あとで温めて食べてね」

「…鶴丸の分も、ちゃんとある?」

「もちろん。目が覚めたら食べてもらおうね」


柔らかな微笑みをたたえながら、光忠が私の頭を撫でる。
その瞬間の空気といえばつい先程までのどんよりとしたそれなんて嘘みたいに和やかで、穏やかではなかった私の心も、手入れによって生じた体への疲労も、すっかりとは言わないまでもいくらか楽になったような気がした。


「さて。そろそろみんな食べ終える頃だろうし、片付けがあるから僕はもう戻るよ。倶利ちゃんはどうする?」

「俺も戻る」

「わかった。2人ともありがとう」

「心配なのもわかるけど、主も手入れで体力使っただろうからちゃんと休むようにね」

「うん、わかった」


すっと立ち上がった光忠と、それに続く大倶利伽羅を眺める。
そうすれば彼らは真っ直ぐに戸の方へと歩みを進めて、光忠が出て行って。


「…大倶利伽羅?」


戸に手を掛けこちらに背を向けたまま、大倶利伽羅が立ち止まる。
その姿にどうしたのかと首を傾げれば、彼は私が問う前に、声を上げて。



「国永は、理由もなくあんなことをする奴じゃない」



こちらを見もせずに言った大倶利伽羅は、その言葉を最後に手入れ部屋を出ていく。
そうして私は心のどこかにあたたかい気持ちを感じながら、静かに鶴丸を見つめた。


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