「月見かい?」

「わっ!」


突然背後からかけられた声に、私は大きく肩を震わせる。
そうして振り返れば予想通り白い鶴、もとい鶴丸国永が笑っていた。

夕食を終え、ほとんどの者がお風呂を済ませたであろう時刻。
居間近くの縁側でひとり涼んでいる私に声をかけた彼は、よっと声を上げてすぐ隣に腰掛ける。


「てっきり部屋にこもって仕事をしてるもんだと思ってたぜ」

「私もそのつもりだったんだけど、いざ始めたらすぐに終わっちゃってね」

「そうか、そりゃよかった」

「昼間に鶴丸が頑張ってくれたおかげだよ。ありがとね」

「世辞なんて言っても何も出ないぜ?」

「いやいや、本当に鶴丸のおかげなんだって!」


そう、これは本当にお世辞なんかじゃないのだ。
なぜなら、夕食を食べ終えてからお風呂の時間までのおよそ2時間で片付けようと思っていた書類仕事は、いざ手を付けてみればものの20分ほどで終わってしまったのである。


「まさか鶴丸があんなに頑張ってくれてたって知らなかったよ、本当に助かった」

「そうかそうか、ならいつでも頼んでくれていいぜ!」

「うん、鶴丸には悪いけどまた頼みたいかも。思いの外ちゃんとやってくれてるしね」

「思いの外ってのはどういうことだ」

「そのままの意味」


ふふ、と笑いながら言えば、鶴丸が私の額を軽く小突いた。
鶴丸って好奇心旺盛だし人を驚かせることも好きだけど、近侍の仕事となると結構真面目にやってくれるんだよなあ。
もちろんいい意味だけど、鶴丸国永という男は実に意外性に満ちた刀剣である。


「今日のうちに言えて良かった」

「ん?何のことだ?」

「お礼だよ。もう遅いから明日言うつもりだったんだけど、やっぱり今日のうちに言った方が良かっただろうし」


だから、こうして会えて良かった。
投げ出した足をブラブラと揺らしつつ言えば、君は律儀だなと笑いながら鶴丸が私の頭を撫でた。


「それとね、もうひとつお礼を言いたいことがあって」

「ん?」

「…これ。本当にありがとう」


本当に本当に、嬉しかった。
その言葉はなんだか恥ずかしくて胸に閉まったまま笑えば、鶴丸は一瞬目を見張った。


「まだつけていたんだな」

「見てみたらすごく綺麗だったから、何だか外すのももったいない気がしちゃって」

「贈った甲斐があったってもんだ。しかし、その髪はあれか?結い直しでもしたのか?」


私の髪を指差し、鶴丸が不思議そうな顔をして言う。
ああそうか、あの後鶴丸は鯰尾のところに行ったから、知らなかったんだ。


「これね、歌仙がやってくれたの。せっかく美しいかんざしをつけているのだからそんな適当な結い方では駄目だ、髪も美しくしなくては!って」

「 そう、か」

「歌仙も薬研も、すごく綺麗なかんざしだって言ってた。素敵なものをもらったね、って」

「安心したぜ、俺の見立ては間違ってなかったようだな」


肩に垂れた一束の髪に触れ、鶴丸は柔らかな笑みをこぼした。
…あ、そういえば。


「すっかり忘れてた、鶴丸に聞きたいことあったの」

「なんだ?」

「あのね、歌仙が鶴丸に聞けって言ってたんだけど」

「ああ」


なんだ、どうした?
言葉にはしないまでも、瞳から感じられる確かな思いに口を開いて。


「蝦夷菊の花言葉って、なに?」

「え、」


ただ気になったから放っただけの疑問に、なぜか鶴丸は言葉を詰まらせた。
そうして目を見開いて、かと思えば、きょろきょろとあちらこちらへ泳がせて。


「どうしたの?」

「あ、ああ、いや……」

「……鶴丸?」


不自然に泳ぐその目を追いかけようと顔を覗き込んでみるも、見事にパッと逸らされてしまった。
その姿に少し意地になってずいと距離を縮めてみれば、彼は慌てたように、悪かったからとだけ言っておずおずとこちらを向く。


「で、あー……花言葉か、」

「歌仙は知ってたみたいなんだけどね、鶴丸から聞いた方がいいって教えてくれなかったの。鶴丸は知ってるんでしょ?」

「ああ、まあ…知ってるっちゃ知ってるんだが、」


煮え切らない様子に首を傾げるも、鶴丸はごにょごにょとまごつくばかり。
知ってるなら早く教えてくれたらいいのに、もしかして、あまりいい意味ではないのだろうか。


「えっと…もしかして、あれかな。言いづらい感じ?」

「あー…そうだな、今はまだ、といったところだな」

「今はまだ…?」


鶴丸の意図するところはわからないけれども、彼がそう言うなら、無理に聞き出すのは良くないのかもしれない。
でも歌仙は鶴丸に聞きなさい、って言ってたしな…どうしよう。そう思っていると、すぐ隣の彼は静かに口を開く。


「まあ、そう遠くないうちに教えるさ」

「本当?」

「ああ。だから、誰かに意味を聞こうとはしないでくれよ?俺が絶対に教えるから、その時まで待っていてくれ」

「ふふ、私告白でもされちゃうのかな」


なんて冗談めいたことを言いながらかんざしに触れれば、よくわかったなと鶴丸が笑う。
もう、調子がいいんだから。


「いつか絶対に教えてね」

「ああ、約束しよう」

「こんな綺麗な物もらったの初めてだから、それに免じて待ってあげる」


教えてくれないならまだしも、いつかと言うならそれなりに意味のある言葉なのだろう。
そう思って笑えば、なぜか鶴丸が、俺もだと嬉しそうに笑った。


 top 


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -