その腕は女の私から見ても、ひどく細いものに思えた。
今にも折れてしまいそうとは言わないまでも、白く、私の二の腕と違って無駄な贅肉もないその腕に、夏にはきっと真っ赤になるのだろうだとか、一見すると非力そうに見えないこともない、なんて失礼なことを思ったりもする。
けれどそんな彼の腕はしっかりと男のそれで、今だって重い素振りなんてこれっぽっちも見せずに米俵を担ぎ、楽し気に笑顔を浮かべ私と話をしているのだから驚きだ。

――やっぱりちゃんと、男なんだ。

それ以前に刀である、ということは置いておくとして。見かけで判断したらいけないと頭ではわかっているけれど、これだけ意外だったのは薬研以来だろうか。
そんなことを考えつつ炊事場へと向かった私は、見慣れた2つの背中に声をかける。


「ただいま2人とも、お米買ってきたよ」

「おかえり。使いを頼んでしまって悪かったね、鶴丸も重かっただろう」

「なに、これくらい大したことないさ」

「助かったぜ。俺たちだけの分だったら残ってる米でも事足りるが、今日は大飯食らいたちが帰ってくるからな」


薬研の言葉に、数日前に長期間の遠征に出た6振を思い出す。
ええと、確か岩融と獅子王と次郎ちゃんと……うん、これは2人だけで支度をするのは大変かもしれない。
書類は夕食のあとに片付けるとして、私も夕食の支度を手伝おうか。そう声をかけようとした時。



「2人とも帰ってきたんですかー?」



鯰尾の声だった。
縁側の方から聞こえてきた声に鶴丸と顔を見合わせるも、炊事場の隅に座り込んだ彼は、どうやら俵からお米を取り出しているらしい。
その姿に、私ひとりで彼の元へ向かうことを告げて踵を返す。

そこで目にしたものは、ズボンの裾を膝のあたりまでまくり上げ、髪の毛からは雫を滴らせている鯰尾の姿だった。


「おかえりなさい」

「ただいま。随分濡れてるみたいだけど、水遊びしてたの?」

「はい。鶴丸さんは?」

「炊事場にいるよ。鶴丸に用事?」

「鶴丸さんにっていうか、2人も一緒に遊びましょうよってお誘いです」

「あ、そういうことだったんだ」


長いこと書類とにらめっこして疲れたって言ってたし、きっと鶴丸は喜ぶだろう。
まあ私は夕食の支度を手伝うつもりだから遊ぶことはできないけど……鶴丸は結構面倒見がいいから短刀たちにもいいお兄ちゃんとして慕われてるし、彼だけでも十分喜ばれるはずだ。


「じゃあ鶴丸呼んでくるね。私は夕食の支度を手伝うから遊べないけど」

「えー、この前も遊んでくれなかったじゃないですか!」

「本当にごめんね」


実を言うと、ここ数日間、私はまったくと言っていいほど彼らの相手をしてあげられていなかった。
ただでさえ多かった書類仕事に加え、不可解な現れ方をした鶴丸に関する報告書。
今後のためというのももちろんあるだろうけど、前例がない出来事に対し政府は興味津々らしく、ことあるごとに連絡や報告書を求められてしまっているのが現状だ。
そんな日々がこれからも続くのかと思うと正直辟易してしまうけど……それに関しては仕方ないことだし、当然鶴丸が悪いわけでもない。
強いて言うなら、効率よく書類を片付けられない私の能力不足が原因なのだろうから、この子たちの相手をしてあげられないことについては本当に心が傷む。


「ごめんね、今度は参加できるようにするから」

「本当ですか?」

「うん、いつにしよっか?予定を組んだ方が私も仕事を片付けやすいから、今決めちゃおう」

「それじゃあ明後日!その日は全員休みですよね?」

「そうだね、じゃあその日にしよう。約束」


そう言って小指を立てた手を鯰尾の眼前に差し出せば、彼はきらきらと目を輝かせて笑う。
指を絡ませれば、嬉しそうな彼は「みんなにも言っておきますね」と呟いた。


「じゃあ鶴丸呼んでくるから、ちょっと待っててね」

「はーい」


肉付きの薄い頬をふにふにと撫で、踵を返して炊事場へ向かう。
そうして私に背中を向けていた鶴丸に触れれば、彼は何事かと振り返って笑った。


「鯰尾がね、一緒に遊ぼうって」

「お、何するんだ?」

「多分水遊びだと思うよ。私は夕食の準備手伝うから、鶴丸だけでも行ってきてあげて」

「ああ、わかった。庭にいるのか?」

「うん」


炊事場を出て行く鶴丸を眺めていると、一緒に行かなくていいのかいと歌仙が言う。


「大丈夫、明後日遊ぶ約束したから。ささ、準備しちゃお」

「悪いな大将、助かるぜ」

「2人だけじゃ大変だからね。歌仙、たすき掛けするから袖持っててもらってもいい?」

「ああ、いいよ」


日常的に和服を着るようになってもう随分経つっていうのに、まだひとりじゃうまくできないんだよな。
これも不器用だからなのだろうか、なんて思いながら手早く済ませようとしていると、すぐ横の歌仙が一点を見つめていることに気が付いた。


「どうしたの?」

「いや…これ、前から持っていたかい?」

「これ?」


歌仙の視線の先を追おうとしたけれど、どうやらそれは私の頭部に注がれていたようだった。
前から持っていたかって…一体何のことだろう。そう思いつつ軽く首を傾げれば、かんざしだな、と薬研が言う。


「ああ、かんざしね。さっき鶴丸がくれたの。似合ってたから使ってくれ、ってさ」

「確かに似合ってるぜ、大将」

「本当?…あ、そうだ、帰ったらすぐに見ようと思ってすっかり忘れちゃってた」


ちょうどたすき掛けも終わったし、と歌仙にお礼を言って食器棚の前に立つ。
鏡ほどはっきりと姿を映してはくれないけれど、まあ仕方ない。
そう思って見つめた自分の髪に挿さったそれは、私が思っていたより、何倍も何倍も素敵な物だった。


「わ…すごい綺麗っ、どうしよう、私こんな素敵なのもらっちゃってたんだ」

「おいおい大将、気付いてなかったのか?」

「うん、よそのところ見てるうちにぷすっと挿されててね」


笑いながら言えば、薬研は改めて「よく似合ってる」と言いながらかんざしに触れる。
そうすれば歌仙は、何事かを考え込むかのように口元に手を当てて。



「蝦夷菊だね」



えぞぎく?
聞き慣れない言葉に首を傾げてそう返せば、歌仙はうんと小さく微笑む。


「僕が打たれた頃にはまだ渡来していなかったけれど、美しい花だよね。花言葉も含めて」

「…え、花言葉?」

「ああ。知らないかい?」

「うん、知らない、けど」


一体どんな花言葉なんだろう。
生憎そういった方面には疎いもので、今歌仙の頭に浮かんでいる言葉なんて、私には見当もつかないけれど。


「…そうか、蝦夷菊か」


とろけるような柔らかな笑みを浮かべ、歌仙がささやく。
その花の意味を、私はまだ知らない。


 top 


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -