わたしの右手はつながれたままで、静雄さんの右手には紙袋がさがっていて。
たったそれだけのことに幸せを感じるわたしと静雄さんが歩くのは、人で溢れそうな60階通り。


「そろそろご飯食べます?」

「だな。腹減ってきた」

「何食べましょっか」


今日は外で昼食うか、という静雄さんの提案に乗り、遅めの朝食だけ摂って家を出てきたわたしたち。
お昼時は少しだけ過ぎてるけど、土曜だからどこも混んでるかな。


「あ、美尋っちとシズちゃんだー」

「あ、狩沢さんと門田さんっ」

「よう。相変わらず仲良いな、お前ら」


数メートル先にいる狩沢さんたちに、空いた左手をひらひらと振りながら近づいていく。
ふふ、仲良いって言われちゃった。


「今日は買い物か?」

「ああ、これから飯食おうと思ってよ」

「えー何食べるのー?」

「まだ決まってないんですよー」

「あ、なら一緒に露西亜寿司行かない?わたしたちもこれからお昼なんだよね」


今日半額デーなんだよ、と言う狩沢さんの言葉に静雄さんを見上げれば、「今月どんな感じだ?」と逆に聞かれた。
ふふん、学校が自由登校になってからのわたしのお給料を舐めないでいただきたい。


「食費は全然問題ないですよ」

「じゃあ今日は寿司にするか」

「いえいお寿司!」


数日前にもトムさんと静雄さんと3人で行ったばかりだっていうのに、こんな頻繁に食べてバチが当たったりしないだろうか。
そんなことを考えていると、視界の隅で門田さんたちがきびすを返したのがわかった。


「じゃあ俺らは遊馬崎と渡草呼んでくる」

「すぐ戻るから待っててねー」


どこかに向かって歩いていく2人の背中を見ながら、静雄さんをもう一度見上げる。
…ふむ。一緒にご飯を食べる、ってことは。


「わたしたちのこと話しますか?」

「…あー、どうすっか」

「お世話になってるから、話した方がいいんでしょうけど」


けど、狩沢さんとゆまっちさんが、ねえ…
話した途端に冷やかされる光景が容易に想像出来て、思わず苦笑してしまう。


「ま、あいつらが暴走しても門田が止めてくれんだろ」

「…そうですね」


そして狩沢さんとゆまっちさんの暴走にキレるあなたを止めるのは、わたしなんですね。
っていうのは、内緒にしておこう。



******



「つーわけで、俺ら付き合ってっから」


そう言った静雄さんの横でお茶をごくりと飲めば、4人が口をぽかんと開けた。


「ゆ、ゆまっち聞いた!?美尋っちとシズちゃんが…っ!」

「聞きましたよ狩沢さんっ、今か今かと待ち続けた瞬間がとうとうやってきたんすね!」

「今時の子らしからぬ黒髪清純派女子高生だった美尋っちがシズちゃんと付き合ってるとかたぎる!」


あれ、冷やかされると思ったんだけどな。
何だか興奮した様子の2人はよくわからないことを言ってるけど、今に始まったことじゃないから気にしないでおこう。


「いつから?」

「斬り裂き魔の件があった夜です」

「ああ、なるほどな。だからさっき手つないでたのか」


渡草さんの問いに答えれば、門田さんが納得したように呟いてお茶を飲む。
最初はみんなびっくりしてたけど、祝福してくれてるみたいだし嬉しいなあ。


「良かったな、静雄」

「…あー、……おう」

「…何かあったんですか?」

「バレバレだったってこと」


えっと、それは、つまり。
渡草さんの言葉の意味を理解していくごとに、どんどんと顔が熱くなっていく。


「はぁぁぁああ…」

「…何でお前が照れてんだよ」

「……恥ずかしいんですもん」


だってそんな、他人が見てもわかるくらいに、静雄さんがわたしを好いてくれてただなんて。
ああもう、嬉し恥ずかしで大変なことになってるっ。


「うわ、美尋ちゃん顔真っ赤っすよ!」

「リア充爆発しろ!」

「ちょっ縁起でもないこと言わないでください!本当に爆発しそうなんですから!」


わたしの様子に気付いた狩沢さんにそう返せば、数秒の間を置いて「なるほど、ラブラブなわけね」と冷やかされた。
もう、静雄さんも黙ってないで何とか言ってくれればいいのにっ。


「…わお」

「……んだよ」


少し恨めしくなって隣を見てみれば、静雄さんも静雄さんで、顔を赤くしてそっぽを向いていた。
その様子にニヤニヤする狩沢さんとゆまっちさん、呆れ半分で微笑ましさ半分といった感じで笑う門田さんと渡草さん。
何とも言えないその状況を壊したのは、ふすまを開けたサイモンさんだった。


「ヘイ、お待たせシマシター」

「お寿司!」

「おいなんだその勢いは」

「だってお寿司!」


サイモンさんが置いたお寿司を目の前にして、頬が緩んだのがわかった。
ああ、何でお寿司っていつ見ても美味しそ、


「……あ」

「ん?どしたのー?」


……美味しそう、なのに。
目の前で輝くお寿司の中に、天敵を見つけてしまった。


「…静雄さん」

「あ?」

「…わたしウニと白子食べられない」


パキン。
お箸を割る静雄さんにそう言えば、好き嫌いを訴えたことが珍しいのか、目を丸くしてわたしを見る。
ごめんなさい、でも本当に嫌いなんです。もう食べられないってレベルなんです。


「あー…じゃあこれやる」

「いくらっ」

「あとこれな」

「え、甘エビ」


わたしのゲタからウニと白子を取った静雄さんは、代わりにといくらを置き、甘エビを箸でつかむ。
あああ甘エビいいんですか、本当にいいんですか!


「静雄さん甘エビ好きなのに、」

「いいよ。俺ウニ好きだし」

「あああ…ありがとうございますっ」

「ん、ほら」


ズイ、とわたしの口元に甘エビを持ってきた静雄さんは、さあ食えと言わんばかりの顔でわたしを見る。
自分の好きなものをくれる静雄さんの優しさが、すごく嬉しい。


「いただきまーす」

「うまいか?」

「うま!」


わたしが甘エビを口に含む直前に静雄さんが尻尾だけを抜き取ってくれたおかげで、面倒な思いをすることもなくもぐもぐと咀嚼出来る。
ふふ、美味しいなあ。


「………」

「………」

「………ねえゆまっち」

「……何すか狩沢さん」

「……今あーんしたよね?」

「……してましたねえ」


固まる門田さんと渡草さんと、小声でそう囁き合う狩沢さんとゆまっちさん。
…………あれ。あ、れ。


「あああああ!」

「うわっ何だよお前いきなり」

「静雄さん今あーんした!」


びしっと指をさしながら言えば、静雄さんの顔が見る見るうちに赤くなっていく。
ぎゃあああ人前でなんてことをしてしまったんだ!


「お前だって気付かなかっただろうが!」

「他の人がいるって完全に忘れてたんです!」

「え、普段からよくしてるの?」

「してねえ!」

「してないです!」

「うわー息ぴったり…」


何に対してかわからない拍手を渡草さんがして、門田さんは呆れたようにため息を吐く。
あああ恥ずかしい。2人ならまだしも何で人前でこんな…


「飯の最中だ、落ち着けお前ら」

「……すいません」

「……悪い」


何だかなあ、本当に。
恥ずかしいところ見られるわ門田さんに注意されるわ散々だ。


「…静雄さんのせいですからね」

「…何でだよ」


ふん、と鼻を鳴らして静雄さんを軽く睨めば、彼もまた同様にわたしを睨んでいた。
けどその瞳に反して口元は笑ってるように見えたから、今日は許してあげることにする。

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