「うあー…」

「ねみぃか」

「ねみぃです…」


あれからちょこちょこと体勢を変えたものの、未だ静雄さんの腕の中で過ごす金曜日の夜。
今日は杏里ちゃんに会いに行くって緊張感からか早くに目が覚めたせいか、そこまで遅い時間じゃないのにもう眠い。


「ちょっと早いけどもう寝るか」

「…静雄さんは?眠いんですか?」

「眠くねえけど、お前が寝んなら俺も寝る」

「何ですかそれー」


眠くないのにベッドに入れば寝られちゃうのかな、と思いながら見上げれば、鼻先を指でちょこちょことくすぐられた。
もう、髪撫でながら鼻くすぐるって、寝かせたいのか起こしたいのかわかんないよ。


「わたし、まだ寝たくないんです」

「何でだよ」

「明日はお休みだから、もうちょっと話したいなあって」


別に話だったら普段からしてるけど、明日は静雄さんだって休みなんだ。
明日はどこでグラスを買おうかとか、ご飯は何を食べようかとか、そんなありきたりな内容になってしまうのだろうけど、


「…っと、」

「うわ、っ」

「電気消すぞ」

「え、ちょっ、あの、」


それでもやっぱり話したい。
そう思った瞬間わたしの体はふわりと浮いて、やわらかなベッドに座らされる。
なのに静雄さんは電気のスイッチに手をかけてて、あの、わたしどうしたら。


「話したいんだろ?」

「あ、はい」

「?」

「?」


????
会話は確かに噛み合ってるはずなのに、どうしてこんなにも伝わり合わないのかはなはだ疑問である。


「あの、布団は」

「…あー、そういうことか」

「え?」


どういうことだ。
くしゃりと自分の髪を撫でた静雄さんは、何かに気付いたように口を開く。


「前から思ってたんだけどよ、お前布団で寝て体痛くねえの?」

「あー…1人暮らしの時からだから、もう慣れちゃいました」

「そういうもんか」

「あ、でも前に風邪引いた時とかは、ベッドやばいって思いました」


めっちゃふかふかでやわらかいし、あったかくて幸せだったなあ。
思い出しながらそう言えば、静雄さんが口を開く。


「これからベッドで寝るか?」

「え、」

「床冷てえだろ。まだ冬だし」


つまりそれは、静雄さんと一緒に、ってことで。
それを理解した瞬間、ばふん、と音を立てて頭から蒸気が湧き出たような気分になった。


「そっ、そそ、そんなのわたし爆発しますよ!!」

「爆発!?」

「爆発です!」


だってそんな、さっきだってすごい近かったし数日前だって一緒に寝たりしたけどっそれは勢いっていうか、その場だけだから何とか心臓も耐えてくれたっていうかっ。
でもこれから毎日だなんてドキドキしちゃって多分爆発しちゃうし、でも嫌だってわけじゃなくて、嬉しいんだけどっ、


「俺がそうしたいっつっても?」


多分静雄さんは、わたしがそう言われたら拒めないことを、わかっているんだ。
だってそうじゃなきゃ、わざわざわたしの目の前まで歩いてきて、目線の高さを合わせて言ってきたりなんて、しないはずだ。


「……静雄さんは、ずるい」

「ずるい男で悪かったな」

「悪くはないですっ」


ただ心臓に負荷がかかってしまうだけで、ときめいたりとかしちゃうだけで。
恥ずかしさに耐えられなくて両手で顔を覆えば、ぱちんという音が真っ暗な世界から聞こえてきた。


「あれ、電気消しました?」

「おう」

「あ、そうですか…」

「ほら、ベッド入るぞ」


再び近づいてきた静雄さんがベッドに上がり、あれよあれよという間に横たわらされる。
う、う。ぎゅうって抱き締められるのも嬉しいし、幸せだけ、どっ。


「…静雄さん、爆発してもいいですか」

「勘弁してくれ」

「じゃあこれからは気をつけてくださいっ」

「何をだよ」


わかってて言ってるのかとも一瞬思ったけど、声色的には本当にわかっていないらしい。
静雄さんは変なところ鈍い。


「…わたし、好きとかそういうことは、言えるんです」

「…おう」

「けどこうやって、TVもつけてないのにくっついたりするのは、すごいドキドキしちゃうんです」


TVさえつけていればドキドキしないわけじゃない。
けれどこうしていると、全神経が静雄さん1人に集中して、気を紛らわせることなんて出来なくなっちゃうんですよ。


「嫌か?」

「そんなまさかっ、ただドキドキしちゃって、もうどうしていいか…」

「ああ、だから爆発か」

「はい……」


今だって、わたしの枕になってる静雄さんの腕にドキドキしてる。
声をかけても反応がない時とか、普段から触れる機会がある場所なのに、どうして首の下にあるだけでこんなにも心臓が鳴るんだろう。


「お前は、自分だけって思ってんのかもしんねえけど」

「え?」

「俺だってお前と一緒なんだからな」


何がわたしだけで、何が一緒なんだろう。
ハッキリと言ってくれない静雄さんの言葉の意味がわからなくて黙っていると、腰のあたりに回っていた右手が、わたしの左手を掴む。


「…あ、」


そのまま動かされた左手が、静雄さんの手によって彼の胸にぺたりと当たる。
……心臓、速い気が。


「静雄さんもドキドキしたり、するんですね」

「…そりゃするだろ」

「顔赤くなったりはしてますけど、いつも余裕そうに見えるんですもん」


それが男女の違いなのか年齢の差なのか、はたまた性格の差なのかはわからない。
けどわたしはいつだって余裕がないし、静雄さんの行動に一喜一憂してしまう。


「お前だって平気で好きとか言ってくるだろ」

「本心だから恥ずかしくないですもん」

「…………」

「…静雄さん?」


いきなり黙ったりしてどうしたんだろう。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべていると、わたしの手を解放した右手が再び腰にまわる。
ちょっとだけ、苦しい。


「お前は言葉で来るタイプか」

「…んん?」

「俺が行動で、お前が言葉」


ああなるほど、静雄さんが行動担当でわたしが言葉担当ってことですね。
いや、彼氏彼女って関係で担当とかアレだけどさ。


「ふふ」

「…何だよ」

「ドキドキしてるのがわたしだけじゃないってわかって、ちょっと嬉しいです」


静雄さんの胸に顔を埋めるようにして言えば、腰にあった手が頭に乗る。
でもその手つきがあまりにも慎重で、わたしは少しだけ、悲しい気持ちになるのだ。


「…そんな恐る恐る触らなくても、わたしそんな簡単に怪我したりしませんよ?」

「…わかんねえだろ」

「もう、大丈夫なのに」


静雄さんがしてくれているように、わたしも彼の頭に手を伸ばして髪を撫でてみる。
拒まないってことは続けてもいいんだろう、けど。
…そんなの怖がってちゃ一緒にいられないって言ったら、多分静雄さんは誤解するんだろうな。やめとこう。


「っていうかもし仮に怪我したりしても全然平気です」

「全然良くねえよ」

「たとえ怪我したとしても、静雄さんといられるならそれでいいんですよ」


多分わたしたちのことを知らない人が聞いたら、DVでもされてると勘違いされるんだろうなあ。
けど静雄さんはわざとわたしに傷を負わせたりはしないってわかってるし、そもそも暴力を振るうことが大嫌いな人なんだ。心配はないだろう。


「怪我することより、静雄さんと離れることの方が何百倍も何億倍も嫌です」

「……お前、損な性格だよな」

「そのおかげで今があるなら御の字ですよー」

「…バーカ。もう寝ろ」


そう言いながらも、声色は明らかに嬉しそうで。
おでこに触れた静雄さんの唇があまりにも優しかったから、わたしはそのまま目を閉じた。

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