「しーずーおーさんっ!」

「うわっ、!」


涙もすっかり引っ込んだ午後3時。
台所から戻ったわたしに背を向けた状態で(なぜかいつもわたしが座ってる場所に)座ってた彼に勢いよく抱きつけば、驚きながらも嬉しそうな笑顔で抱き締め返してくれた。


「えへへー」

「えへへーってな…」

「わたしからくっついても良いって言ったじゃないですかー」

「いきなりは流石に心臓にわりぃだろ…」

「えへ、すいません」


不自然な体勢から、もはやわたしの定位置となりつつある静雄さんの足の間に座り直す。
ふふふ、幸せだなあ。


「そうだ。プリン持ってきたんですけど食べますか?」

「ん」

「一昨日友達のお見舞いの帰りに買ってきたんですよ」


ぺりぺりと蓋を剥がし、スプーンで掬ったプリンを静雄さんの口元に持っていく。
…いや、この後ろから抱き締められてる状態だと、流石にこぼしちゃうかなあ。


「よいしょ」

「?」

「はい、あーん」


90度回転して改めて口元にプリンを持っていけば、半分照れたような静雄さん。
わたしもちょっとくすぐったいけど、今は2人っきりだからねっ。


「どうですか?」

「うまい」

「おお、良かったー」

「これコンビニのじゃねぇよな?」

「病院行く途中にあるケーキ屋さんのです」


ああ、あそこか。
考えるようにどこかを見ながらプリンを咀嚼していた静雄さんは、思い出したように口を開いた。


「手土産に買っていったんですけど、その子も美味しいって言ってたし、その日はいいことがあったから静雄さんにも食べてほしくて」

「いいこと?何かあったのか?」

「…実はですね、」


一瞬だけ迷ったけど、“いいこと”というワードを口にしてしまったし、解決したとは言え静雄さんも心配してくれてたし…これくらい話してもいいよね。
そう自分に言い聞かせ、わたしはここ最近悩んでいたことを教えた。


「…まあ結局はわたしの早とちりだったんですけど、それですごい悩んでて」

「はあ…」

「付き合ってるのか聞いたのもそれが理由なんです。…あ、ちなみにグラス割っちゃった理由も」

「どんだけ悩んでたんだよ」


苦笑しながらわたしの頭をぐりぐりと撫でた静雄さんは、言葉に反して少し嬉しそうな顔をしていた。
…まあ確かに、今思えばそうなんですけど。


「その時は泣きそうになるくらいつらかったんですよっ」

「はあ」

「だって大好きな人と大好きな友達の板ばさみですよ?…まあ、わたしの勘違いだったわけですけど」


むす、と唇と尖らせながら言えば、それまで見上げていた静雄さんの整った顔が、一瞬にして目の前にやってきた。
それと同時に感じたのは唇へのぬくもりと、人工的な甘さと、恥ずかしさの混ざった幸福感。


「…あまい、ですね」

「…生々しい感想だな」

「美味しいの方が良かったですか」

「変わんねえよ」


笑いながら言った静雄さんが、わたしの髪をくしゃりと撫でる。
そして静雄さんに生々しいというお墨付き(?)を貰った感想になってしまうけど、プリンは甘くてとっても美味しい。


「っあ、それで、わたしの誤解だったってわかったから嬉しくて買っちゃったんですっ」

「それがいいことか」

「はいっ」


杏里ちゃんと静雄さん、どちらとの関係も壊すことなく解決できて本当に嬉しかった。
だからこのプリンは、静雄さんと一緒に食べようと思って1つだけ買ったんだって言ったら、静雄さんはどんな顔をするだろう。


「静雄さんとのこと話したら、すごい喜んでくれてました。いっぱいおめでとうございますって言ってくれて」

「どいつもこいつも反応は同じなんだな」

「ふふ、そうですね」


この3日間で、色んな人がわたしたちのことを祝福してくれた。
それが本当に嬉しくて、幸せで。


「わたしたちって、周りの人に恵まれてますね」

「あー…変な奴ばっかだけどな」

「変わり者って言わないとダメですよ」

「意味は同じだろ」

「違いないですね」


その言葉にわたしが笑えば、静雄さんも同じように笑ってくれる。
こんな風に、2人で何でもないことに笑い合える時間がすごく愛おしくて。大切で。


「わたし、静雄さんと出会えて本当に良かったです」

「…おう」

「それまでのことを考えると、静雄さんとの出会いは運命だったんだなって」


本当だったらそんな陳腐な言葉は使いたくなかったけど、180度変わった自分の毎日を思うと、それ以外に適当な言葉が見当たらない。
だって静雄さんに出会ってなかったら、新羅さんやセルティも、門田さんたちも、紀田くんたちとも、トムさんや幽さんとも…臨也さんはそこに加えていいのかわからないけど、とにかく本当に、わたしの日常を形成している人たちと出会えなかったんだもん。


「……こっ恥ずかしいこと言うな、お前」

「…自分でも言ってて恥ずかしかったです」

「言っといて照れんなよ」

「だって、まさか自分の人生で運命だなんて言葉使う日が来るとは思わなかったんですもん」


新羅さんだったら、もっと適切で陳腐じゃない言葉も知っているのかもしれない。
けど教えてもらったところでそれはわたしの言葉じゃないから、やっぱりこっ恥ずかしくてありふれてて、それでいて陳腐な“運命”という言葉が、一番適当なんだと思う。


「まあとりあえずは、アレです」

「あ?」

「静雄さんと出会えてよかったけど、それだけじゃなくって、」


これからも、よろしくお願いしますってことです。
初めてのわたしからのキスを静雄さんの頬に落とせば、わたしの体が軋む音がした。

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