君をいただきます
「いたッ、」
鋭利な痛みに指を見れば、鮮血がじわりとにじむ。
日も暮れなずむ夕刻、夕餉を作っている時のことだった。
別にぼーっとしてたつもりもないのに指を切っちゃうだなんて、やっぱり慣れないことはするもんじゃない、ということなのだろうか。
女なのにろくに料理もできず、更には指を切ってしまう自分が情けない。
そうため息を吐きたくなった時、後ろで野菜を洗っていた光忠の声がした。
「指切っちゃった?大丈夫?」
「あはは、大丈夫だよ、少しだけだし」
格好良さを追求するこの人の前でこんな姿を見せてしまうだなんて、女としても、審神者としても格好悪い。
こんなことになるなら、普段から任せきりになってしまっているからといって手伝いなんて買って出るんじゃなかった――…と苦笑した時、
「 っひゃ、」
光忠が私の手を取り、血のにじんだ指を口に含んだ。
ねっとりと絡みつく体温、ゆっくりと動く舌、伏せられた視線。
そのすべてに、体の熱が数度は上がった気がした。
「 みつた、だ」
「…うん、もう血は止まったかな。良かった、そんなに深く切ったわけじゃなかったみたいだ」
私の呼びかけに答えず、口から私の指を出した光忠は囁く。
「細くて白くて、綺麗なこの手が僕は好きなんだ。指一本であろうと、怪我なんてしないでほしいな」
「……………」
「お返事は?」
「…は、い」
黙り込んだ私の顔を覗き込んで言った光忠を前に、もう逃げ場なんてなかった。
顔が熱い、心臓が速い。
恥ずかしくてどこかに行ってしまいたくなるのに、未だ掴まれたままの手のせいで、光忠のせいで、どうしたってそれは叶わない。
「…うん、同じ赤でもそっちの方がいい」
「え、」
「少し待っていて、今絆創膏を持ってくるよ」
私の頭を一撫でして背を向けた光忠は、おそらく手入れ部屋に向かったのだろう。
どくどくとせわしなく動き続ける私の心臓なんてお構いなしで、一秒、また一秒と経つごとにその背中は遠くなる。
「…なん、なんだ」
未だ光忠の体温が残る右手を掴み、唾液でうっすらと光る指先を眺める。
ああ、体が熱い。けれど嫌な熱さじゃないのは、どうしてだろう。
「…ん?どうした大将、具合悪いのか?顔赤いぜ」
「えっ、」
炊事場の前を通り過ぎた薬研に言われ、急いで置いてあった包丁を取る。
それを鏡代わりに自分の顔を覗いてみれば、そこには真っ赤に染まった私の頬が映って。
「…なんでも、ない」
「大丈夫か?何かあったらすぐに休めよ」
「う、ん」
…さっき言ってた“同じ赤でも”って、このことだったのか。
今更気付いた事実にずるずると座り込めば、光忠のものだろう、こちらに迫る足音が聞こえた。
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