約束
「あつい…」
「なんだよさち、もうへたってんのか?」
どうしてこんなに暑い日に部活なんてしなきゃならないの。
マネージャーなんてレギュラーの運動量に比べたらアレだけど、暑いものは暑い。
はあ、とためいきと一緒に出たことばは、知らないうちにわたしの背後に立っていたブン太にきちんと聞こえてしまっていたらしい。
振り返ると、ちょこんと前髪を上げたブン太の額からはじわりと滲む汗が見えた。
こんだけ暑い上にめっちゃ動いてるんだから、そりゃ前髪もおでこに張り付いちゃうよね。
すこしかわいそうになって、出来たばかりの冷たいドリンクをほっぺに当ててあげた。
「…しょーがないでしょ、暑いんだから」
「ならジャージ脱げよ」
「やだよ日焼けしたくないもん」
「日焼け止め塗ればいーじゃん」
「塗ってるし」
「ならジャージ脱げよ」
勢いよくドリンクを飲むブン太には、女心というものがわかっていないらしい。
たしかに冬になれば日に焼けた肌も白く元通りになるけれど、将来しみになるとかあれこれ考えると、いまのうちから予防しておくのは決して悪いことではない。
あとになって後悔したところで遅いのだ。
「髪切れば涼しくなるかなあ」
「えっおまえ髪切んの」
「こんだけ暑ければ切りたくもなるよー」
ちょうど胸にかかるほどの髪を、一束とって眺めてみる。
しばらく伸ばしていたけれど、いっそバツンといってしまおうか。
「そういえば、なんできょう髪おろしてんの?」
「寝坊しちゃって髪やる時間なかった。ゴムとかも忘れた」
「ならゴムかしてやるよ」
「え」
これ持ってて、とボトルを渡してきたブン太は、いそいそと前髪にからみつくゴムをはずしはじめる。
そんなつもりで言ったわけじゃないのに、弁解しようにもあっという間にゴムははずされ、ブン太の前髪は変な感じにぴょこんと立ってしまった。
「ほら、後ろ向けよ」
「え、なんで」
「髪やってやるから」
「いいよ自分でやるから」
「任せろって、俺髪いじんの得意なんだぜー」
強引に後ろを向かされてしまったから見えないけど、きっと自慢げな顔をしているんだろう。ほんとうに任せて大丈夫なのか、いささかの不安が残る私をよそに、髪はグッと持ち上げられる。
「せっかくだしお団子にするか」
「でもピンないよ?」
「巻きつければなんとかなる」
「えええ…」
グッグッ、ギュ。どこで覚えたんだか、見事なはやさで私の髪が結われていく。
男の子に髪を触られるなんて幸村に後ろから引っ張られるときくらいだから、こんなやさしく、というか丁寧に触られると、なんだか恥ずかしい。
「よしっ、できた」
「はやっ」
「おお、似合ってる似合ってる。さすが俺」
鏡がないからよくわからないけど、ブン太いわく似合ってるらしい。
自分でも確認したいし、あとでトイレ行ってちゃんと見よう。
「 ありが、「休憩終わり、練習再開するよー」
「うわ、もう終わりかよ」
「 ごめんなんか、全然休めてないでしょ」
「べつにいいって」
お礼をいいかけたところで聞こえた幸村の声に、ブン太がすこしだけ不機嫌そうな顔になった。
せっかくの休憩だったのに、悪いことしちゃったなあ。
「あ、そうだ。これ貸してやるよ」
「え」
「それだと首焼けんだろ」
歩き出したブン太によって投げられたタオルは、ふわふわと宙をただよう。
落としたら汚れちゃう、そう思って勢いよくつかむと、すこしだけ甘い香りがした。
「あ、そうだ」
「なに?」
「おまえ、髪切んなよ」
「な なんで」
「長い方が似合ってるから」
走っていく背中を見送りタオルを首にかけながら、明日も髪をおろしてこようとこころに決めた。
約束
(きょうはお団子なんだ、珍しいね)
(うっ、うん)
(かわいいよ、似合ってる)
(ちょっ突かないで崩れるから!)
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