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お菓子の国の王子様


「……ん、」


昼下がりのキッチン、半分夢のなかにいたわたしを現実に引き戻したのは、数十分前に閉ざしたオーブンのタイマーだった。

黒く大きなオーブンの扉を開けば、ほのかに香るバターと林檎のあまい匂い。
ブン太のためにと久々に焼いたパイだけれど、きょうのパイは一味ちがう。
彼の体のことを考えていつもよりバターと砂糖を少なめにしたはいいけど、はたして彼の口に合うだろうか。


「ん、いい色」

「さち、できた?」

「あ、ブン太。ちょうどよかった、今できたよ」

「うっわー、うまそー!」

「よかった。じゃあ切り分けちゃうね」


にこにことうれしそうにテーブルに着くその姿はまるで子供のようで愛らしい。
せかす彼をなだめてアップルパイを切り分ければ、断面からもくもくと湯気が上がる。それを目の前に置けば、ブン太はひときわ目を輝かせた。


「どうぞー」

「うまそう!まじうまそう!」

「ふふー、きょうのは自信作」


いつもはすこし焼き色が濃くなったりしてしまうけど、きょうのは本当にうまく出来た。
ただ心配なのは、微妙にすくないバターと砂糖に、彼が気付いてしまわないかということ。気付かないでくれれば、これからもこの分量で作ってあげられるんだけど。


「んん、」

「どう、おいしい?」

「…うまいけど、いつもより甘さ控えめじゃね?」

「あ、気付いた?」


ああ、ばれてしまった。わたしが見る限り、コンビニのお菓子とかばかり食べているのに、どうしてそういうところにはすぐに気付いてしまうんだろう。柳でもあるまいし。


「ちょっとバターと砂糖を少なめにしたの」

「なんでそんなことしたんだよ!」

「この前、また幸村に太ったって言われてたでしょ」

「う…」

「ブン太はお菓子食べてばっかりなんだもん。心配してるんだよ」


ブン太にとってお菓子は心からの楽しみだから、それを制限させるのも禁止させるのも、胸が痛むことではある。
でもテニスに影響が出てしまったらどうしようとか、また幸村やら仁王やらにいろいろ言われたらかわいそうだな、なんて思いもあるから、わたしだって複雑だ。
せめてブン太が楽しみにしてくれてるわたしの手作りのお菓子くらい、体のことを考えて作りたいものなんだよ、ブン太。

黙ってフォークを握り締めるブン太は、わたしの言葉に納得してくれたらしくしょんぼりとしている。
よかった、これで今度からカロリー控えめなお菓子を作って上げられる。もうデブン太なんて言われなくなるかもよ、ブン太。

そう思ったのもつかの間、彼はきらきらと目を輝かせ、わたしに言い放った。


「俺カロリー高いの食べなきゃだめなんだよ!」

「はあ?」

「しっかり力をつけておかないと、いざって時におまえのこと守れないし!」


さっきのしょんぼりはどこへ行ったのか、気付けば白いプレートの上には細かなパイ生地しか残っていない。どんだけ食べるの早いの。
そして彼の手は、次のアップルパイへと伸びている。


「…せめて、コンビニのお菓子は控えてね」

「えー」

「その辺の女の子からもらうコンビニのお菓子よりも、おいしいもの作ってあげるから」


わたしがそう言うと、彼は満面の笑みで次のアップルパイを手にとった。


お菓子の国の王子様


(だから、ほかの子からお菓子もらわないでね)
(妬いてたならそう言えよなー)
(…体のこと考えてたのも事実だもん)

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