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飲み込まれた言葉たち


あつい、あつい。
ほてる体に冷たい布団は心地よく、くらくらとする頭に添えられた手も、また心地のよいものだった。


「大丈夫?」

「あたまいたい…」

「滅多に風邪ひかないもんね」


余計につらいんだろ。
そう言う幸村の顔を見れば、それはそれは心配そうで、心なしか悲しそうにも、つらそうにも見えた。
心配してくれてる幸村には申し訳ないけど、すこしだけうれしくなる。


「台所借りて、おかゆ作ったけど」

「え、わざわざやってくれたの?」

「そうだよ。食べられる?」

「うん、食べる」


じゃあ持ってくるね、と笑った幸村に安心して、ゆっくりと体を起こす。
いつもより重くだるいけれど、ふすまの向こうから香ってくるあたたかなおかゆの湯気のかおりに、思わず頬がゆるんだ。


「はい、持ってきたよ」

「ごめんね、ありがとう」

「自信作だからきっとすぐ治るよ」


ゆっくりとお椀のふたを開ければあたたかな湯気がもわっと上がる。
赤がちょこんと乗った、白いおかゆが顔を出した。


「うめぼしだ」

「汗かいてるし、塩分も取ったほうがいいからね」

「ありがと」


横に添えられていた匙で、やわらかくなった梅干がつぶされていく。
赤がひろがったおかゆを匙ですくい、ふーふーと息を吹きかける幸村は、わたしが猫舌だということを知っている。


「はい、どうぞ」

「いただきます」


背中に添えられた手に心の中でありがとうと言い、口元に運ばれた匙を含めば甘さとすっぱさがひろがっていった。
あたたかくて、とてもおいしい。


「あつくない?」

「だいじょうぶ、おいしい」

「そう、よかった」


うれしそうに笑う彼は、ひとくち、またひとくちとわたしの口におかゆを運ぶ。
ふとお椀に目をやればもう底が見えていて、気付かないうちにほとんど食べきっていたことがわかった。
おいしくってあっという間だったな、と思いながら、またひとくち口に含む。


「これで最後だよ」

「ん」

「ちゃんと全部食べられたね」


お椀をお盆の上においてそっとわたしの頭をなでる彼の優しさとぬくもりに、体のほてりとは違うあたたかさが心にともる。


「じゃあ薬飲もっか、さっき薬局で買ってきたから」

「えっ」


風邪をひいているんだから当たり前のことなのに、忘れていた薬という脅威におびえた。あのだいきらいな、苦い粉薬だったらどうしよう。
そんなわたしを安心させるかのように、大丈夫だよ、と幸村は笑う。


「ちゃんと錠剤の薬にしたから」

「ほんとに?」

「うん」


よくCMで見る四角い箱から取り出された、ちいさくて白いそれにほっと胸をなでおろす。

わたしが猫舌なことも粉薬がきらいなことも、みんな幸村は知っていて、覚えてくれている。
それにどうしようもないうれしさを感じて笑えば、すこし不思議そうな顔をしながら薬と水を差し出してきた。


「ありがと」

「飲んだら寝ちゃいなよ」

「うん」


ごく、ごく、とちいさな粒を飲み込めば、幸村がまた頭をなでる。
幸村がお見舞いに来てくれたせいか、おかゆを食べたせいか。
心なしか、さっきよりも体が楽になった気がする。


「じゃあ横になろうか」

「うん」


幸村の手に支えられてゆっくりと体を倒していけば、また冷たいお布団が全身を包む。
つめた、と反射的にちいさくつぶやいた声に気付いた彼は、そっとわたしの手を握ってくれた。
あたたかい、そして気持ちいい。


「頼むからさ、」

「ん?」

「はやく、よくなってよ」

「…うん、」


たかが風邪だと、当初幸村からのお見舞いの申し出を断ったのが申し訳なるくらい、ほんとうにほんとうに、悲しそうな顔をしていた。
普段は辛辣なことばばっかりなのに、これほどわたしのことを心配してくれて、こんなつらそうな表情までみせるなんて。


「手、つないでてあげるから」

「ん…ありがと」


わたしはなんて単純な人間だろう。
あたたかいおかゆを食べ、薬を飲み、幸村に手を握られただけで、すさまじい安心感に包まれた。
規則的なリズムで撫でられる頭に、ちいさい頃のことを思い出す。


「ねむい?」

「うん…ねむい…」

「じゃあ、おやすみ」


ごめんね、ありがとう。
もし幸村が風邪をひいたら、今度はわたしが看病してあげるからね。

伝えたかった言葉は、睡魔に襲われ飲み込まれていった。


飲み込まれた言葉たち


(さち、はやく元気になってね)

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