駆け足でやってくる
「さむいー!」
サボり魔のこいつとの掃除が、そうすんなり終わるはずがなかったんだ。
仁王相手に優しさを見せたのが間違いだったと、このときわたしは初めて後悔した。
「ばか仁王」
「すまんすまん」
いま思えば、仁王が残って部室の掃除をするはめになったのも、赤也にいたずらをして騒いでいたところを幸村に怒られたのが原因だし、自業自得なんだ。
あまりにも大変そうだったから、マフラーを家においてきたことも忘れて手伝いを申し出たけど、こんなことになるなら部活が終わってさっさと帰ればよかった。
そう、わたしは人一倍の寒がり。
「TVでは立春だなんていってたけど有り得ないよね」
「あー」
「だってまだこんなにさむいよ!
春ってのはもっとぽかぽかしてるものでしょ!」
「そうじゃなあ」
「うーさむいさむい」
さむいと騒いでいたら仁王が買ってくれたホットココア。しかしそれもすっかり冷えてしまい、今はわたしの左手におさまっている。
ごめんよココア、家に帰ったらアイスココアとしてちゃんと飲むね。
「仁王はさむくないの?」
「さむい」
「全然さむそうに見えないけ、ど!」
言い終わる頃、ひときわ強い風が吹いて思わず立ち止まる。
仁王の貸してくれたマフラーに顔をうずめると、ほのかに仁王の香りがした気がした。
ああさむい。はやく帰りたい。
そう思ったとき、立ち止まった私の数歩前を歩く彼が振り返る。
さむそうな首元にすこしだけ申し訳なくなってうつむけば、さっきより声が近くなった。
「さち」
「なに…」
「そんなに寒いんか」
「さむいよ!」
マフラーを借りておいて悪いとは思うけど、当たり前のことを聞くこいつへの苛立ちが隠せない。
そんなわたしの気もしらないのか、すこしだけ仁王は笑う。
「なら、」
「え」
「手でもつなぐか」
そう言って握られたわたしの右手は心なしかさっきより冷たい。当たり前だ、ただでさえ冷たかった手に、ただでさえ体温の低い仁王の、冷たいものが重なったのだから。
「つめた、い」
「なら離す?」
「……いい、このままで」
満足そうに笑う仁王に、ほんの少しだけ心臓がどくんとした。
おかしい、風はこんなに強いのに、仁王の鼻の頭だって赤くなっちゃうくらい寒いのに、なんだか体がぽかぽかしてる。
駆け足でやってくる
(…なんか春きたっぽい)
(俺んとこもそうじゃ)
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