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百合の花


「蓮二はさ、もしわたしが死んだら、百年待ってくれる?」

「…何の話だ」


女とは、つくづくよくわからない生き物だと思う。
いや、それでは語弊がある。
厳密には、及川さちが、よくわからない生き物なのだ。


「第一夜だよ」

「第一夜?」

「夢十夜の、第一夜」


手にしていた本を無理やりに閉じさせたさちは、椅子に座る俺の前にしゃがみ込む。
ため息をつこうと思ったがやめておいた。
そんなことをしたところでさちは何とも思わないし、俺自身どう思ってほしいとも思っていない。


「漱石か」

「うん。で、待ってくれるの?」

「ああ、待つよ」


百年待っていて下さい。
きっと逢いに来ますから。

これから死に向かう女にそう言われ、百年待った青年の話を頭の中で思い返す。


「蓮二はわたしが人間じゃなくてもいいの?」

「そうじゃない」

「でも待ってるって言った」

「ああ、そうだな」


不満げに言ったさちは、俺のスラックスを爪でカリカリとかきながら唇をとがらせる。
まったく、手のかかる奴だ。


「じゃあ、わたしが今猫になったらどうする?」

「家で飼う」

「…虫になったら?」

「それは…さすがに困るな」


まさか虫と言われるとは思わなくて、ついことばを濁す。
言い出したさちもさすがにそれはないと思ったのか、俺の声を聞いて小さく笑った。


「でも、そういうことだよ?」

「限度というものがあるだろう」

「百合だって、ただきれいなだけだよ」

「しかし、それはさちなんだろう」


さちが死んで、真珠貝で穴を掘ってさちを埋めたら、星の破片を標として置く。
そうして赤い日が上っては落ちるのを目にしながら、俺は百合の花が咲くのをじっと待つのだ。


「たとえ人間じゃなくとも、百年かけて俺に会いに来たのがさちなら構わない」

「ふうん」

「不満か?」

「そーいうわけじゃないけど」


俺の手をきゅっと握るちいさなそれを握り返せば、すこし強い力で返された。
俺の言葉はこいつのお気に召さなかったのか、さちは不思議そうな顔をする。


「さちは、」

「ん?」

「俺が会いにくるまで、百年待てるか?」


珍しく、緊張した気がする。
付き合っているのだから当然お互いの思いは一緒なのだろうし、わざわざ一呼吸おく必要は、ないはずなのだが。


「待てない」

「……俺は今、すこし傷ついたよ」


期待に反した答えが、即答で返ってきたときの気持ちがわかるだろうか。
あまり感情を表に出さない俺が珍しく落胆すれば、さちにもそれが伝わったらしく、腕を伸ばして俺の頭をなでる。


「会いに来てくれるの待つくらいなら、こっちから会いに行くよ」

「…死ぬのか?」

「黙って待ってても蓮二が会いに来てくれるならね」


待たなきゃ一生会えないなら、たぶん待つけど。
言いながら笑ったさちは、頭を撫でる手を止める。


「きれいな百合でも、それが蓮二でも、がんばって百年かけて会いに来てくれるとしても、」

「……」

「蓮二のいない世界で、ひとりで百年も生きるくらいなら」


死んだほうがましだと思う。
そんな声が耳元で聞こえて、両手にさちを閉じ込めた。


百合の花


(考え方はちがっても、)
(考えてることは一緒だね)

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