雪でも降ってきてしまいそうなほど寒い、12月24日の夜。
久しぶりに静雄さんと一緒に新羅さんの家に来たわたしは、インターホンを慣れた手つきで押した。
「しーんーらーさーん」
「2人ともいらっしゃい、寒かったでしょ」
「さみぃ。早く入れろ」
「はいはい」
そんなことを言いながらもわたしを先に入れてくれる静雄さんは、何というか…不器用なのか優しいのかわからない。
いや、きっとその両方なんだろうけど。
「お邪魔しまーす」
《いらっしゃい、待ってたよ》
リビングに入ると、セルティがいつにも増して楽しそうな様子で迎えてくれた。
けどわたしの思考と視線は、彼女の後ろのきらびやかなそれに奪われる。
「ツリーだ!」
「でかいな」
「セルティと一緒に飾りつけをするといいよ。僕らは食事の準備でもしてるから」
「いいんですか!」
ぱたぱたと走り寄り、わたしの身長より少し低いとは言え、一般的には大きいだろうツリーに触れる。
うわあ、ツリーだなんて久々に見た!
《この中にオーナメントが入ってるから、好きにつけていいよ》
「わーい」
《綿は最後につけた方がいいのかな》
「うーん、電飾もつけるなら後からの方がいい気がする」
《じゃあ後からにしようか》
たった数分前まで頭の中を支配していた手土産のことなんてどうでもよくなっちゃうくらい、今のわたしはツリーへの飾りつけでいっぱい。
しかし準備は任せても大丈夫なのかな、と振り返れば静雄さんが笑っていた気がしたから、わたしはジンジャーマンをツリーにくくりつけた。
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「珍しいね。あんなにはしゃいでるところは初めて見たよ」
「そうか?あいつ意外と子供だぞ」
「子供なんじゃなくて、女の子らしいんだろ?」
大の男2人が台所に立つといういささか違和感を覚える状況下で、新羅がグラスを取り出しながらつぶやいた。
若干眉間に皺が寄ったものの、特に悪意はないらしいし、とりあえずそのままの意味で受け取っておくとする。
「前に水族館行った時は迷子になってたしな」
「へえ、僕らが知らなかっただけで結構無邪気なんだね」
「あいつイベントとか好きだからな」
そこまで言って、数ヶ月前の祭りとハロウィンのことを思い出した。
…あー。この話やめてえ。
「っていうかさ。君どうしてこの前微妙そうな反応してたの?」
「何だそれ」
「美尋ちゃんに電話をした時だよ。何か渋ってただろ?」
「あー…」
新羅の方から話題を変えてくれたのは有り難かったが、これはこれで何とも言えないな、と思いながら美尋の方をちらりと見る。
相変わらずツリーに夢中らしいし、まあ話しても大丈夫だろう。別に聞かれて困るわけじゃないけどな。
「どっか連れてってやろうと思ってたんだよ」
「へえ」
「普段どこも連れてってやれねえし、こういう時くらいな」
新羅に渡されたグラスに飲み物を注ぎながら、数日前の計画を思い出す。
実際は計画ってほどのもんはねえし、とりあえずプレゼントでも買ってやるか程度のことしか考えてなかったが。
「あいつ今日も明日もバイトだからよ。疲れさせんのもアレだし、出かけなかった日は家にいようと思ってた」
「なるほど、それで渋ってたんだ」
「別に渋ってねえ。どうするか考えてただけだ」
それに、あいつの楽しみは1つでも多い方がいい。
自分自身のそんな考えに何故だかむず痒さがこみ上げてきて、どこに目をやっていいかわからなくなった。
「静雄も丸くなったよね」
「あ?」
「高校時代の君からは考えられないよ」
「……うるせえよ」
確かに自覚はあったが、他人から言われるとなるといい気はしない。
しかもこいつは、俺がそう思うのをわかって言ってやがるから余計に腹が立つ。
「さてと。美尋ちゃん、セルティ、そっちはどうだい?」
「あ、もう終わりますよ!」
見てください静雄さん、という美尋の声に引き寄せられるように、部屋の隅に歩いていく。
それにしてもでかいツリーだな。子供がいるわけでもあるまいし。
「どうですか!」
「電飾が目に痛ぇ」
「求めてた反応と違うー」
「ずいぶんとたくさんつけたね」
《いざやってみると楽しくてな》
不満げに言った美尋の頭をぐしゃりと撫でれば、背後から機械音が聞こえたような気がした。
しかし振り向いてみても俺の後を追ってきたのか新羅はすぐ後ろにいるし、どうやら空耳だったらしい。
「さ、そろそろ食べ始めようか」
「はーい」
《2人は座ってていいよ。わたしたちで運ぶから》
「悪いな」
床に座り込んでいた美尋を引っ張り上げて立たせれば、少し驚いたような顔をした後にすぐ笑う。
…マジで丸くなったんだろうな、俺。
「どうしました?」
「何でもねぇよ」
「変なのー」
「ほら美尋ちゃん、チキンだよー」
「にくー!」
不思議そうな顔で俺を見上げていた美尋が、新羅の言葉に駆けていく。
ぱたぱたと走るあいつが転びそうになるまで、あと3秒。