「嫌ですねえ、雨」

「嫌だな」


梅雨入りしたばかりのある日。
一言そうつぶやいた静雄さんは、不機嫌そうに眉をひそめた。


「静雄さんも雨嫌いですか」

「好きな奴もそうそういねえだろ」

「うんうん。梅雨は特に嫌ですよね」

「外に干して出かけて、帰ってくる頃には雨でびっしょりとかあるからな」

「あー、嫌ですね。二度手間だし」


午後9時のニュースの最後。
お天気お姉さんが伝えるこの先一週間の天気は、見事にぜーんぶ雨マーク。
まあ曇りのち雨とかもあるし、丸1日ずっと雨っていうのが続くわけではないみたいだけど…さすがに外に干すのは難しそうだなあ。


「部屋干しだと嫌な匂いついたりもするし、乾きにくいですもんね」

「…チッ」

「えっ」


いきなり舌打ちされた。
ただ雨が嫌ですねーって話してただけなのに…と不思議に思っていると、わたしの思いが通じたらしく、静雄さんが口を開く。


「部屋ん中いろいろぶら下がってんの見るとイライラすんだよ」

「あー…」


確かに鬱陶しいよなあ、あれ。
そんなことを思いながらも抱いたのは、これから本番を迎える梅雨の間、どうしようかということで。


「今まで梅雨の時はどうしてたんですか?」

「極力洗濯物減らして小分けに干すようにしてた」

「なるほど」


わたしが来たことで洗濯物の数は倍近くになったわけだけど、その辺大丈夫だろうか。
いや、まあそこが腕の見せ所だとは思うのだけど。


「じゃあ気をつけますね」

「? なにを」

「部屋干しのことです。出来るだけ洗濯物減らして、あんまり部屋干ししなくて済むようにします」

「ん、頼むわ」


…どうやら梅雨の部屋干しが本当に嫌いらしい。
気持ちは何となくわからないでもないけど、その抽象的な理由に、少しだけかわいいと思ってしまったり。


「どうした?」

「いえ、何でもないです」


怪訝と言うほどでもないけれど、わずかに不思議そうな顔をした静雄さん。
短いようで長い梅雨の間、彼の表情が穏やかであればいいと思った。



******



「ということなんですが」

「うーん」

《部屋干しが嫌い、か…》


次の日の学校帰り。
梅雨対策グッズ的なものを見るために街を歩いていたわたしは、偶然会ったセルティに誘われて、新羅さんの家にやってきました。


《お風呂場は?》

「考えたんだけど、お風呂使った後は結局部屋に干すことになっちゃうなーって思って」

《そうか…》


最近知ったことだけど、セルティはもう20年(すごいよね、わたしが生まれるよりも前だよ)もこの街に住んでいるらしい。

…真剣に考えてくれているセルティには申し訳ないけど、妖精が梅雨とか洗濯の話してるって何だか不思議。
でも新羅さんも一緒になってこれだけ考えてるわけだし…やっぱりそう都合の良い代物なんて存在しないのだろうか。


《よし。最近はいろいろな便利グッズもあるし、調べてみよう》

「ほんと?お願いします!」

《じゃあおいで》

「何かいいのあるといいなー」


リビングからすぐそこの、PCが置いてあるブース(と言うのだろうか)にお邪魔する。
カタカタカタ。そんな音を聞きながら、セルティがキーボードに打ち込むのを新羅さんと覗き込む。


「…あ、これとかいいんじゃない?」

《どれだ?》

「これだよ。雨にも濡れずに外で洗濯物を干せる、ってやつ」


新羅さんが指差す先を見ると、なんとも素晴らしいうたい文句の商品を発見。
ふむふむ。もう時期は過ぎちゃったけど、花粉も黄砂もガードしてくれて…
おお、気体は通すのに液体は通さないんだって。素晴らしいね!


「これいいですねっ」

「うん、これなら梅雨の間も外に干せるんじゃない?」

《ハンズとかに売ってるって》

「じゃあ見てこよっかなー」


携帯で時間を確認してみれば、時刻はまだ17時過ぎ。
うん、この時間だったらさくっと見るくらい大丈夫だろう。


《これから行くなら送ろうか?》

「え、仕事は?」

《あと数時間はないから大丈夫だよ》


どうしよう、と思いながら新羅さんを見上げれば、何も言わずにただ笑って頷いてくれた。
これは…お言葉に甘えていいのだろうか。


「じゃあ…お願いしてもいい?」

《うん、もちろんだよ》

「ありがとセルティ。新羅さんもすいません、突然来ちゃって」

「とんでもないよ。僕らも寂しいねって話してたところなんだから」


美尋ちゃん、静雄と暮らし始めてから全然来てくれなくなったからさ。
言いながら笑った新羅さんは、まるで今日わたしが来たことを本当に喜んでいるかのように笑う。
…いや。もしかしたら、本当に喜んでくれているのかもしれない。


「セルティがいれば僕は十分!…とは言っても、美尋ちゃんのことも娘のように思っているからね。家事で忙しいのはわかってるし、君が充実しているのは喜ばしいことなんだけどさ」

「何かすいません…」

「謝ることはないさ。もちろん一番愛してるのはセルティだけど、美尋ちゃんはセルティの次に大切に思ってるから、静雄と一緒にでも遊びにおいで」

《……………》

「あれ?どうしたのセルティ」


PDAを持ったまま固まっているセルティを見て、新羅さんが問いかける。
…ふふふ。


「セルティ照れてるの?」

《tて照れrてなんかa、!》


わたしの言葉にあからさまに動揺したセルティは、わなわなと手を震わせながらそう打ち込まれたPDAを向けてくる。
…新羅さん。今のセルティはわたしもすごくかわいいと思いますけど、顔ゆるっゆるですよ。


《…とにかく、ここは実家とでも思えばいい。もし家を飛び出したくなるくらいの喧嘩をしたら一番にここにおいで。ちゃんとかくまってあげるから》

「ふふ、ありがとっ」


まるでお父さんとお母さんのような新羅さんたちの言葉が嬉しくて、わたしの顔もゆるんでしまう。
なんて頼もしい2人だろう。


《それじゃあそろそろ行こうか》

「うん、そうだね」

「じゃあ静雄にもよろしく伝えておいて」

「はい、わかりました」


白衣のポケットに手を入れたままの新羅さんに手を振れば、彼がわたしたちに笑いかける。
梅雨が明けたら静雄さんと遊びに来よう。そう心に決めて、わたしは新羅さんの家をあとにした。







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