「それで、お菓子がないなら悪戯させてって狩沢さんとゆまっちさんが」

「相変わらずだな、あいつらは」


午後9時過ぎ。
帰宅した静雄さんとの夕食を終え、まったりしながら今日のことを報告中。


「そうだ、新羅さんからプリンもらったんです」

「新羅の家行ったのか?」

「はい。本屋行こうとした時に臨也さんに会っ、」


会ったんですけど、セルティが助けてくれて。
そう続けようとしたわたしがハッとしたのは、そして言ってはいけないことを言ったと気付いたのは、静雄さんが持ってた煙草をぐしゃりと潰す音が聞こえてきたからで。


「…今何つった?」

「…………」


やばい。これは非常にやばい。
隠さなきゃいけないことだったのに、ボケッとしてて普通に話してしまった数秒前の自分が死ぬほど恨めしい。


「あいつに会ったのか」

「……ハイ」

「何もされてないだろうな」


…なんて答えたらいいのだろうか。
ここで黙っておけば静雄さんはこれ以上イライラしないかもしれないけど、いつか臨也さんが話すかもしれないし、そうしたら黙っていたことを怒られるのは必至だ。

静雄さんと一緒に暮らし始めて1年弱。
彼をよく知るわたしは、答えなんて簡単に導き出すことが出来た。


「…すいません、ほっぺにちゅーされました!」

「…………は?」

「お菓子がないなら悪戯するとか言われて逃げようとしたんですけど、すぐつかまるのが関の山だって思って、どうしようって思ってたらセルティを見かけて、とりあえず助けを求めたんですけどこっち向かってる間にされまして…!」

「……あの野郎…」


うつむいたままそう言ったから、今静雄さんがどんな顔をしてるかなんてわからない。
けど怖くて顔を上げることなんて出来なくて、心臓が悪い意味でばくばくしてる。


「…あっ、でもセルティの家ですぐ顔洗わせてもらいました!」

「だから外で会った時赤かったのか」

「えっ」


その声に思わず顔を上げて頬をさすれば、もう赤くねえと言われた。
う、無意識に目を合わせちゃったけど、とりあえず表情を見る限り、変な誤解はされずに済んだらしい。
けど、だからと言って一安心、というわけにもいかないもので。


「…あの、何かすいません」

「…お前が謝るとこじゃねぇだろ」

「そうかも、しれませんけど…」


そう思うならその不機嫌オーラをどうにかしてください…なんて、思うことは出来ても口に出すとなるとまた別だ。

でも、どうしてわたしは堂々としていられないんだろう。
確かに静雄さんの不機嫌さにわたしは絡んでいるけど、原因は臨也さんによるもので、わたしはいわば被害者だ。
なのにどうして、こんなにも罪悪感につぶされそうになっているんだろう?


「…おい、美尋」

「…あ、はい」

「トリックオア何とか」

「は?」


ぐるぐると考えていたせいでどちらかと言えば沈んでいた気持ちを壊したのは、静雄さんのそんな一言だった。
いや、このタイミングで何言うんですか。それに“何とか”って何ですか。トリートくらい覚えましょうよ静雄さん。


「…いきなり何ですか?」

「“お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ”…だっけか」

「はあ…お菓子欲しいんですか」


聞いてはみたものの、ちょうど24時間くらい前の自分の行動を思い出してため息を吐きたくなった。
どうしよう。今日学校で絶対言われるからって思って、お菓子類はみんな持ってっちゃったんだよなあ…


「え、えーと…じゃあこのプリンを…」

「それは新羅が俺とお前にってくれたもんだろ」

「トムさんからもらったお菓子…は、流石に半分こしたいからなあ…」


どうしよう、今まで見たことないくらいに静雄さんが駄々をこねている。
…いや。駄々をこねているというより、単にわたしに悪戯をしたいだけのような気がするのは気のせいだろうか。


「…すいません、持ってないです」

「じゃあちょっと目ぇつぶれ」


何をされるんだろう。
静雄さんは優しいからひどいことはしないだろうし、悪戯するにしてもほっぺを軽ーくつねられる程度だろう…なんて考えながら目をぎゅっとつぶると、静雄さんが動く気配がした。


「…え」


気配を感じた数秒後、突然頬に感じたあたたかさに、つい口からそんな声が漏れる。
その拍子に開いた目がとらえたのは、さっきよりも近く、というかわたしのすぐ横にいて、わずかに赤い顔の静雄さん。


「…消毒だ」

「は、え?」

「あいつのことはちゃんとぶっ殺してやるから安心しろ」

「あ、どうも…」


いや、どうもじゃないでしょわたし。
っていうか今のが消毒と称した悪戯か、下手につねられるより破壊力あるわ!


「ほら、プリン食うぞ」

「わっ」


突然頭をぐしゃぐしゃと撫でられたかと思えば、静雄さんが立ち上がって台所の方に向かっていく。
…いや、何だこれ!
ほっぺとは言え何で1日に2回も、それも別々の人に、ち、ちゅーなんて!


「っ静雄さん!」

「…何だよ」

「ト、トリックオアトリート!」


急いでその背中を追いかけて、静雄さんに言い放つ。
その顔から察するに言い返されないだろうと思ってたんでしょうけど、甘いですよ!


「何も持ってねぇぞ」

「ふん、そうでしょうねっ」

「ふんって何だコラ」

「の、伸びる!ちぎれる!」


ごく軽くほっぺを引っ張られ、ばしばしと手を叩けばそれは簡単に離れた。
あ、危なかった。痛くはなかったけど、ほっぺ伸びて元に戻らなくなったら大変だ。


「で、何か悪戯すんのか?つーか俺に出来んのか?」

「でっ…出来ますよそれくらい!」

「へぇ」


静雄さんがこんな風に意地悪く笑うのは珍しくて、少しだけ緊張する。
…けどやられっぱなしも癪だし、何か仕返ししてやりたい。


「…じゃあ、かがんでください」

「おう」


何でこれから悪戯されるってのにこの人はこんなに余裕なんだ。
普通嫌がるところなのにな、なんて思いながら背中を曲げた静雄さんに、どんな悪戯をすればいいかなんて思いつかなくて。


「…は?」

「し、仕返しです!」


つねってやろうかとも思ったけど、いくら静雄さんが痛みに鈍いからと言って、普通の人がされたら痛がることはしたくなかった。
…だから、わたしがされたのと同じように、ほっぺに唇を寄せてしまったん、だけど。


「おい美尋、」

「うるさいですっ」

「別になんも言ってねぇだろ」

「何も言わないでください!」


予想以上に恥ずかしかった。
静雄さんびっくりしてるし、わたしもわたしで静雄さんの目見れないし…ああもう、こんなことなら普通につねるとかにすればよかった!
っていうか臨也さんも静雄さんも、よくこんな恥ずかしいこと出来ますね!


「ほら、プリン食べますよっ!」

「ちょっと待て」

「何です、か…」


背後に立っていた静雄さんがわたしの手を掴んだのがわかって、心臓がばくばくばくばくうるさくなった。
何、どうしたの。そんなことばかりに支配された頭の中は、状況を理解するごとに混乱していく。
なのにうつむいてる静雄さんの表情は、台所の薄暗さのせいか、まったく見えなくて。


「し、静雄さん?」

「…何でもねえ」

「は?」


引き止めるようなことしといて何でもないってどういうことだ。
そう文句を言ってやりたかったけど、多分わたしも静雄さんも真っ赤だろうし、今日は何も言わないであげようと思った。



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