「あ」


新羅さんたちの家を出てからおよそ20分。
ご機嫌なわたしを暗闇が包み始めた時、前方に見慣れた2人を発見した。


「トムさん!静雄さん!ハッピーハロウィーン!」


何だか久しぶりにトムさんに会えた気がするなあ。
そんなことを考えながら数メートル前を歩く2人の背中に声をかければ、丸くなった目がわたしをとらえた。


「おー美尋ちゃん」

「こんにちは!」

「…何だこれ」


静雄さんがわたしの頭についたものを触りながら不思議そうに尋ねる。
ふふん、かわいいでしょうこれ。
期待してたような大きい反応は見られなかったけど、まあ相手が静雄さんだからね。


「猫耳です。狩沢さんとゆまっちさんがくれました」

「何で」

「ハロウィンですからねっ。にゃー」


尻尾もあるんですよ、と静雄さんに見せてみれば、やわらかさがお気に召したのかふにふにと触られる。
それを見たトムさんが、ああ、と納得したように呟いた。


「あれか、トリックオアトリート」

「おお、トムさんよくご存知で!」

「? 何すかそれ」

「あれですよ。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞーってやつです」


何となくそうだろうと思ってたけど、静雄さんは本当に季節ごとのイベントに疎いらしい。
まあ静雄さんはそれが似合ってると思うんだけどね。あ、褒めてないか。


「じゃあちょっと待ってろよ、美尋ちゃん」

「え?」

「すぐ戻るからさ」


ぽん、と頭に手を乗せたトムさんが、どこかに向かって歩いていく。
取り残されたわたしたちはキョトンとして、お互いに顔を見合わせる。


「トムさんどこ行ったんですか?」

「いや、知らねえよ」


はてさて、トムさんはどこに行ってしまったのだろうか。
見かけたから声をかけただけなのに、何かお仕事中断させちゃったみたいで申し訳ないなあ。
まあ待ってろと言われた以上ここにいるしかないけど。


「首にも鈴つけてんのか」

「はい、黒猫だそうです」

「ジジ?」

「…静雄さんがジブリ知ってるとは」

「ガキの頃見た」

「いいですよね、魔女宅。わたし大好きです」

「最近全然見てねえな」

「確かセルティがDVD持ってましたよ」

「じゃあ今度借りるか」

「いいですねー」


まさか静雄さんと魔女宅の話をすることになるなんて。
そんなことを考えてるとも知らずに、静雄さんはわたしの首に巻かれたチョーカーの鈴をいじる。チリンチリン。


「今日は何時くらいになりますか?」

「多分あと1時間で帰れると思う」

「ほほう」

「おう、お待たせ」

「あ、おかえりなさーい」

「どこ行ってたんすか?」

「そこのコンビニ」


言葉通りすぐ戻ってきたトムさんは、静雄さんの言葉にコンビニを指差した。
その手に握られているのは池袋にやたらと多い某コンビニの袋で、どうやらなにか買ってきたらしい。


「ほら、美尋ちゃん」

「え?」


ずい、と渡された袋の中を覗けば、そこにはいくつものお菓子。
…え、え、ちょ。まさか、


「す、すいません!わたしそんなつもりで声かけたんじゃ、」

「いいって、そんなんわかってるし」


話してる途中でトムさんがどこかに行ったことと、お菓子をわたしにくれたことがつながって、急に焦りが生まれる。
本当にそんなつもりで言ったんじゃないのになあ…


「ごめんなさいトムさん、わたし別に悪戯しようなんて、」

「気にすんなよ、俺があげたかっただけだから」

「…すいません、本当に」


もしこの猫耳が本物だったら、多分ぺたっと垂れ下がってることだろう。
それほど申し訳ないと思ってるのに、トムさんは気にするなと笑うばかり。


「俺くらいの年になるとイベントとかも縁遠くなるからよ、美尋ちゃんにはむしろ礼言いたいくらいだわ」

「…何かごめんなさい」

「すんませんトムさん、ありがとうございます」


ぺこ、と軽く頭を下げれば、首の鈴がちりんと鳴る。
…ふふ、トムさんには申し訳ないことしちゃったけど、やっぱりイベントって楽しいなあ。


「美尋、帰りはそれ外してけよ」

「何でですか?」

「何となく」


突然の静雄さんの言葉に首を傾ければ、またちりんと鈴が鳴った。
かわいいのになあ。あ、似合ってない的なアレか。


「…わかりましたよーだ」

「何で急に不機嫌になってんだよ」

「べっつにー」


猫耳カチューシャと首のチョーカー、それに尻尾を外してカバンにしまえば、相変わらず不思議そうな顔の静雄さん。
ふん、どうせイタいコスプレ女でしたよわたしは。


「あー美尋ちゃん、誤解ないように言っとくとだな」

「はい?」

「静雄も心配してんだ。許してやって」


心配ってなんのだろう、と彼を見上げれば、プイッと顔を背けられた。
何だ何だ、本当に何の心配をしたんだ静雄さんは。


「別に似合ってないとかじゃねえよ、むしろ似合ってっから心配なんだ」

「?」

「あー…もういいから、お前帰れ」

「何だと」


少し呆れたようにわたしの頭をぐしゃぐしゃした静雄さんが、サングラスのブリッジをあげる。
意味がわからない!


「帰りにハロウィンっぽいやつ何か買ってってやるから。な」

「…そんなのいらないから、早く帰ってきてください」

「は、?」

「だからっ、何か買って帰りが遅くなるくらいなら、何もいらないですっ」


何かって何だろうと思わなかったわけでもないけど、多分デザート的な何かだろう。
それなら新羅さんからもうもらったし、早く帰ってきてくれた方がよっぽどいい。
いや、もし仮に新羅さんからプリンをもらわなかったとしても、寂しがり屋なわたしはそれが一番嬉しいのだ。


「…静雄、俺少しお前の気持ちわかったわ」

「ちょ、勘弁してくださいよ」

「冗談だ冗談」

「?」


言いながら、トムさんがポンポンとわたしの頭を撫でる。
2人の会話を読めないわたしには、当然ながら、トムさんの笑顔と、静雄さんの困ったようなため息の理由なんてわからない。



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