ちりんちりん。ふわふわふわ。
わたしが歩くたびに揺れる尻尾が恥ずかしくなくなってから、早10分。
この状況においては天敵とも言えるその人の姿をとらえ、本当に猫だったら毛が逆立つんだろうなあ、なんて考えた。


「やあ美尋ちゃん、ずいぶんとかわいい格好してるね」

「フーッ」

「…え、何?」

「………威嚇です」


やってみたはいいが予想以上に恥ずかしかった。
ああもう、臨也さんに会った時点で不運なのに、こんな格好見られた上にわざわざ恥ずかしいところさらすなんてわたしの馬鹿!
こういうのは、静雄さんとか新羅さんとかセルティにしかやっちゃ駄目だってどうして忘れてたの!
いや3人も同じような反応するかもしれないけど、こっちのメンタル的なアレがだいぶ違って、


「トリックオアトリート」

「……お菓子買ってきます」

「買ってこなくていいよ。おとなしく悪戯されてくれればそれで十分だから」

「それが嫌だから買いに行くんです!」


ああもう、どうしてこの日に限って会っちゃうんだ!
臨也さん的にはすごい楽しい日だろうけど、わたしとかほとんどの人にとって、あなたが関わる以上嫌な日にしかならないってのに!


「逃げないでよ、傷つくなあ」

「うそつき!」

「今日はハロウィンであってエイプリルフールではないよ」

「だとしても傷つくってのはうそだ!」


にじり寄る臨也さんから視線を逸らさないまま、じりじりと後ろに下がる。
普段だったら適当に相手してさようなら(またの名を逃亡)するところだけど、今日はそううまくはいかないだろう。臨也さんだし。


「あああ静雄さん助けてええ」

「何で助けを求めるかなあ。俺まだ何もしてないじゃん」

「“まだ”でしょ!これからしようとしてるじゃないですか!」


どうしよう、どうしよう。
さっさと走って逃げてしまいたいけど、わたしの脚力じゃすぐに追いつかれるのは目に見えてる。
どこか、誰か…そんなことを考えた時、少し離れたところから耳馴染みのある嘶きが聞こえた。


「…あ、セルティ!」


道路を挟んで反対側に立つセルティに手を振れば、わたしに気付いた彼女がこちらを向いて首をかしげる。
それと同時に目の前から聞こえてきたのは、臨也さんが小さく舌打ちをする音。


「…あーあ、いいとこで来るんだから」

「わたしは助かりましたけどね!」

「本当にそうかな?まだ信号は変わらないみたいだけど」


セルティがバイクを方向転換させたのを確認して、臨也さんが指差す信号機を見上げる。
…うわ、まじだ。
そろそろ青に変わるだろうし、セルティが来たとなれば臨也さんは帰るだろうけど…それでも、セルティがここに来れるまでの数十秒の間に何かされないとも限らな、


チリン


そこまで考えて、ひんやりとした冷気を帯びた何かが、わたしの首についた鈴を撫でた。
肌に当たってはいないけど、つめたい。
その正体なんてわからなくて、でも半年前のことを思い出すと、知りたくなんかなくて。


「臨也、さん?」

「なぁに?」


甘ったるい声で臨也さんが笑ったと同時に、一段と大きな嘶きが聞こえた。
けどいつの間にかすぐ近くに来ていた臨也さんとの距離は、もう無いに等しい。


「え、」


すぐ目の前にある赤い目が細められた瞬間、臨也さんの顔が視界の隅に移動して、頬にあたたかな感触がした。
まるで一瞬時が止まったかのような感覚に、何が起きたのかわからない。


「ご馳走様」

「…は?え、ちょ、」


整った臨也さんの顔が少しずつ離れていくのと同時に、首元の冷たさも消えた。
まさ、か。


「ほ、ほっぺに…!」

「ああ、頬にされるのは初めてだった?」


最低だ。
この人、ほっぺにちゅーしてきやがった!
突然起きた事態についていけなかった頭が状況を理解し始め、わたしの顔に熱が集中していく。


「っていうか頬にされるのは、って、」

「情報屋を舐めないでね。見てはなくたって、知ってることはいくらでもあるんだから」


臨也さんのそんな言葉にサーッと血の気が引いていくのを感じた時、一段と大きく聞こえたバイクの嘶き。
そして気付かないうちにこちらに渡っていたセルティが、わたしと臨也さんの間に割り込むように入ってきた。


《美尋ちゃん、大丈夫?》


よ、よかった。手遅れっちゃ手遅れだけど助かった!
わずかに怒りのような色をにじませたセルティが見せてきたPDAに頷けば、臨也さんが口を開く。


「じゃあ俺はそろそろ行くとするよ」


怒られたくはないからね。
言いながらコートをひるがえし、臨也さんはどこかに向かって歩いていく。
そしてさっきの光景を見ていただろうセルティは、彼のことを追おうとする、けど。


「っセルティ!」


わたしの言葉に振り返ったセルティは、どことなく苛立っているように見える。
いや、まあ臨也さんに対してなんだろう、けど。


《キスされたんだろう?》

「あー…やっぱり見てた?」

《許せない、あいつ美尋ちゃんの…!》


わたしの代わりに、とでも言えばいいのか、怒りに震えるセルティには申し訳ないけど…正直そんなに気にしてはいない。
まあ場所や相手が違うっていう大問題はあるにしても、臨也さんが言ってた通り、ちゅーされるのは初めてじゃないし…ねえ。


「むかつくけど傷ついたりはしてないから大丈夫だよ」

《…本当に?》

「うん、本当に」


安心させるために笑って言えば、《仇はとるから》などと言われてしまった。
…別に気にしてないのになあ。


「大丈夫だよ。臨也さんが気まぐれに何かしてくるなんていつものことだし」

《駄目だよ、静雄のためにも仇はとらなきゃ》

「…んん?」


どうしてそこで静雄さんが出てくるんだ、と思わなかったわけでもないけど。
…うん、そうだね。相手が臨也さんだからね。


《ところで、その格好は?》

「ほら、今日ハロウィンでしょ?さっき知り合いに会った時、お菓子持ってないって言ったら悪戯されちゃって」


これを着て帰るようにって言われたの。
言いながら苦笑すれば、どうやら納得してくれたらしい。
それにしても、今日は本当によく知り合いに会う日だ。ハロウィンの魔力か何かなの?


《これからどこか行くところだったの?》

「うん、かぼちゃを使ったレシピ探しに本屋さんに行こうとしてた」

《レシピ本買うの?》

「ううん、多分見て覚えるかな」


お財布的な事情もある、というところは伏せて言えば、セルティは何か考えるようにしてわたしの手を取った。
え、どうしたの?


《うちにおいで。まだ臨也もどこかにいるかもしれないし、うちのPCでレシピを探して、プリントするといい》

「え、いいの?」

《もちろんだよ。新羅も美尋ちゃんに会いたがってるしね》


そう言って影でヘルメットを作ったセルティは、猫耳のついたそれをわたしの頭にかぶせる。
ふふ、ヘルメットまで猫耳だなんてかわいい!


《じゃあしっかりつかまっててね》

「はーい」


飛んでいってしまわないように尻尾をしっかり踏んで、セルティのお腹に腕を回す。
風が頬に当たるのを感じながら、家に着いたらまっさきに顔を洗わせてもらおうと思った。



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