10月31日。
そう、ハロウィン。
ここ最近日本でも(商業とか娯楽的な意味で)浸透してきた西欧のイベントである。
まあみんな知ってるだろうから説明なんかはいいとして…この池袋の街も、今日ばかりは黒とオレンジ、そして仮装をした人たちがいっぱいです。


「よう、大槻」

「あ、門田さん!」


今日はせっかくだからかぼちゃを使ったご飯にしようかな、なんて考えながら歩いていた時のこと。
相変わらず仲良し4人組(と言っていいのか)は60階通りにいるらしく、車に寄りかかるようにして立つその人は、わたしに声をかけた。


「こんにちはー。渡草さんはお久しぶりですね」

「おう、久しぶり」

「今帰りか?」

「はい。かぼちゃ使ったレシピを探すために本屋に行くところです」


門田さんの言葉に頷いて言えば、彼は少し考えて、納得したように声を上げた。


「ああ、ハロウィンだからか」

「あやかろうかと思いまして」

「なるほどな」


っていうか、狩沢さんとゆまっちさんの姿が見えない。
門田さんと渡草さんがいるって時点であの2人も一緒なもんだと思ってたけど、そういうわけでもないのかな。


「今日は狩沢さんたちは一緒じゃないんですか?」

「あいつらなら買い物行ったぞ」

「買い物?」

「…ま、どうせ下らないもん買いに行ったんだろ」


呆れたようにため息を吐く門田さんの苦労が少し見えた気がする。
しかし買い物に行ったということはすぐに帰ってこないかもしれないし、とりあえず今日はもう別れて、


「美尋っち〜」

「うわあびっくりした!」


そろそろ本屋に向かおうかと思った時、羽交い絞めにするように抱きついてきた狩沢さんが耳元で囁いた。
ぞ、ぞわってした!何するんですかいきなり!


「か、狩沢さん?」

「トリックオアトリート」

「…え?」

「だから、トリックオアトリート!」


…いや、いきなりすぎじゃないですか?
確かに今日はハロウィンだけど狩沢さんはわたしより年上だし、…いやこれは大人が楽しんじゃいけないとかそういうことじゃなくて、どっちかと言えばわたしがそれ言う立場な気がするだけで。
…でもまあ相手は狩沢さんだし、これで合ってるような気もしないでもない。


「美尋っちお菓子持ってる?」

「持ってない、ですけど」

「キタコレ!」

「はい?」


珍しく嫌な笑顔を浮かべた狩沢さんがそう叫ぶと同時に、わたしの目の前にいつも通りにこにことしているゆまっちさんが現れた。
…いつも通りなのに、嫌な予感しかしないのは何故だ。


「ども、美尋ちゃん」

「ど、どうも…」

「お菓子持ってないんすよね?」

「あ、はい…」


駄目だ、逃げろ。
わたしの中の何かがそう警告して逃げようとするも、狩沢さんが後ろから抱き着いてきてるせいで逃げられない。
そして、


「悪戯させてもらうっすよ!」


嫌な予感が的中した。
まあこうなるとは思ってましたよ、狩沢さんとゆまっちさんだからね。


「じゃあまずはこれっすね〜」

「…お前ら、変なことはしてやるなよ」

「変なことって何よドタチン、わたしたちはハロウィンを全力で楽しもうとしてるだけなのに」

「それが問題なんだろ…」


渡草さんの呟きが2人に届いたのかはわからないけど、わたしには確実に届きましたよ。
けれどそんなわたしたちの様子をものともしないゆまっちさんはガサガサと袋の中を漁り、わたしの頭に何かを装着させた。


「…? これ何ですか?」

「猫耳だよーん。どうゆまっち、似合ってる?」

「完璧っす!美尋ちゃんは黒髪だから、やっぱ黒にしてよかったっすねえ」


かろうじて動く右腕を持ち上げて頭を触れば、ふわふわとした何かがそこにあった。
話を聞く限りは黒い猫耳のカチューシャということらしいけど…ふむ、思ったより普通のものだ。


「あとは〜…やっぱこれっすよね!」

「…?」

「はいはい美尋っち後ろ向いてねー」

「えっ…ひゃ!」


抵抗する間もなく体を反転させられたわたしの腰辺りを、狩沢さんがもぞもぞと触る。
ちょっ何するんですか!門田さんたち目ぇ逸らしてますよ!


「はい、完了!」

「は…?」

「スカートのところにつけたからね。っていうか、ドタチンたち目逸らさなくても大丈夫だったのに」

「……お前がいきなり変なことするからだろうが…」


呆れた門田さんの声を聞きながら、数秒前まで狩沢さんが触っていた部分に手を伸ばす。
…え、何これ。


「尻尾…?」

「あとはこれね!」

「は!?」


ゆまっちさんに顎をグッと上げられたかと思えば、狩沢さんが首元に何かを巻きつけていく。
ちょ、何されてるんですかわたし。


「よし、これで完璧!」

「はあ…?」

「はい美尋っち、鏡」


渡されるがまま鏡を覗き込んで見ると、頭にはもふもふとした黒い猫耳が生え、首元には鈴のついたチョーカー。
そして腰の辺りを触れば、長くてふわふわな尻尾が生えていて。


「…黒猫?」

「そう、黒猫!」

「いやー、早速使えてよかったっす!」


なるほど、2人はコスプレグッズと買いに行っていたらしい。
そしてそれをわたしにつけるとことか…なんていうか相変わらずである。


「写真撮らせて!」

「いや、まあ、いいですけど。他の人に見せたりはしないでくださいね」


少々恥ずかしいけれど、これがお菓子を持っていなかったが故にされた悪戯ならば仕方がない。
メイド服とかガッツリなコスプレじゃないからね。


「じゃあお礼にそれプレゼントするよ」

「え、買ってきたばっかなんじゃ、」

「元々美尋っちに着せようと思って買ったものだからさ」


遠慮しないでもらってよ、と笑う狩沢さんに、さっき感じた悪意はない。
…と、思ったのもつかの間。


「その代わり、これ着て帰ってね!」

「…は?」

「大丈夫、今日は仮装してる人も多いから目立たないっすよ!」


……さっきまではいつも通りだとか嫌な笑顔だとか思ってたけど、実にいい笑顔ですね。
楽しそうで何よりだし、わたしだってイベントは好きだけど…うーん。


「シズちゃんの反応見てみたいと思わない?」

「思います」

「よし、なら決定!」


静雄さんには申し訳ないが、狩沢さんの一言でわたしの心は決まったも同然だ。
まあせっかくくれるって言ってくれてるんだし、確かに今日は仮装してる人も多いからね。


「じゃあ反応教えてね!」

「了解です!」

「…はあ」


門田さんのため息が聞こえてきたような気がするけど、彼女に静雄さんの名前を出された以上は楽しみでしかない。
家に帰る前にどこかで会えればいいけど、なんて思いながら、わたしは本屋までの道を歩き出した。



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