じじ
「じゃあ行ってくるわ」
「はーい、行ってらっしゃい。気を付けてくださいね」
5月5日の朝。
寝坊することもなく無事起床したわたしたちは、ぎゅっと抱き合って互いに手を振る。
うんうん、昨日は本当に忙しかったけど、今日は平穏な1日が訪れそうだ。
「…あ、準備しなきゃ」
玄関からパタパタと洗面所に駆け、歯ブラシを口にくわえる。
本来今日はバイト休みだし、昨夜は色々あったからすっかり忘れてて伝えるのも朝になっちゃったけど…今日は出勤予定の子が病院に行くとかで、数時間だけバイトしなきゃいけないんだよなあ。
静雄さんは「大丈夫か?」なんて心配そうな顔してたけど――…まあオープンからお昼までだし、近くに住んでる以上こういうことは避けられないしね。
「ん?」
シャカシャカと歯ブラシを動かしながら部屋に戻れば、ヴーっと携帯が震えていることに気が付いた。
メール…あ、ちーくん。さっそくだなあ。
【美尋おはよ、朝早くごめんな!昨日の今日だけど、もし空いてたら今日遊ばね?】
「…んんん」
本当に昨日の今日だけど、バイト以外に特に用事はない。
そう思いながらも昨夜の静雄さんのことを思い出し、どうしようかと思案する。
……とりあえずさくっと歯磨き終わらせて、静雄さんに連絡するかな。
そう思いながら急いで洗面所に向かい、口をゆすいで静雄さんの番号を呼び出す。
「……あ、もしもし。静雄さんですか?」
『おう、どうした?何か俺忘れもんしたか?』
「いや、あの、えーっと…実はですね」
今六条くんから連絡が来まして、今日暇だったら遊ばないかって言われたんですけども。
昨夜は普通に“ちーくん”って言ったけど、内容というかタイミングがタイミングなだけに、ちょっと余所余所しい呼び方になってしまう。
『…早速だな』
「私も少しびっくりしたんですけど、バイト後であれば特に用事もないしなーと思いまして」
それに、静雄さんもお休みの土日に遊びに行くよりは、今日とかの方がいいと思うんだよなあ。
昨日別れ際に聞いたけど、ちーくんは進学したらしいから平日は学校もあったりして忙しいだろうし。
なんて思いながら言えば、
『…いいけど、あんま遅くなるなよ』
「……えっ、いいんですか?」
『俺はお前のこと譲る気ねえし、信頼してるって昨日言ったろ。第一お前自身、普通に幼馴染と遊ぶってつもりなんじゃないのか?』
「…はいっ、そのつもりです!」
昨夜のことが気がかりだったけど、きっと静雄さんは、やきもち以上に私に対する信頼が大きいんだろうな。
それが嬉しくてこっそりと笑えば、少し恥ずかしげな彼が電話の向こうで咳払いをする。
『あー…まあとにかく、遅くならないようにしろよ。もしあれだったら俺も迎え行くから』
「…あ、それなんですけど。静雄さん、今日って何時くらいに仕事終わるかわかりますか?」
『昨日休んじまったからな…もしかしたら遅くなるかもしんねえけどまだわかんねえ』
「そしたら、それとなくでもいいので終わる時間わかりそうになったら連絡貰えますか?もし遅くなりそうなら早めに帰りますけど、もしそこまで遅くないなら一緒に帰りましょうよー」
それなら帰り道っていう意味で静雄さんにも心配かけないだろうし。
そう思って言ったけれど、やっぱりもし急に仕事が長引くことがわかったら…ということを考えたら断られるのだろうか。
『…なら、さっさと終わらすことにするか。できればお前がバイト終わる頃に』
「えっ昼までに!?」
『冗談だよ。せっかく行くなら楽しんでこい』
し、静雄さんが色々な意味で本気を出したら可能になってしまうんじゃ。怪我人は増えるだろうけど。
そう思いながらも、それに続いた言葉にほっと胸を撫で下ろした私は気付かれないよう息を吐く。
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