最後の手段のひとつ前


『いきなりすいません。あの、お願いがあるんです』


俺たちが知り合ってもう間もなく1年が経とうというのに、電話越しに希未の声を聞くのは初めてだった。
…にも関わらず何をそんなに焦ってんのかとか、何でシャワーみたいな音がすんのかとか、色々聞きたいことはあるが…疑問を抱くばかりで口にできないのは、紛れもなく、希未の必死そうな様子のせいだ。


「本当にいきなりだな。どうした?」

『あの…セルティさんに会ったら、伝えてほしいんですけど』

「…セルティ?」


お前、セルティのこと知ってんのかよ。
つか何で俺らが会うこと知ってんだ。

そんな疑問が脳内にはびこった瞬間聞こえてきた『えっと、』という希未の声に、そんな暇はないのだと言われた気分になった。
どうやら俺が思っている以上に、希未の置かれている状況は切迫してるらしい。


『…事情は後からいくらでも話しますから、とりあえず聞いてほしいんですけど』

「おう」

『もしもこの後セルティさんたちが、』


眼鏡をかけた女の子に会ったら。
つむがれるひとつひとつの言葉を聞き逃してしまわないよう、神経を集中させ、希未の声に耳を傾けていた時だった。


「…あ、セルティ」


視界の端に見慣れたバイクが見えたかと思えば、次の瞬間には俺の前で急停止した。
そして電話の向こうからは『えっ』という驚いたような希未の声がして、俺は一瞬頭を悩ませる。


《待たせて悪いな。電話中か?》

「あー…そうだな」

《? どうした?》

「とりあえず…希未、セルティいんぞ」


希未の言葉とセルティの言葉のどちらに反応したらいいか迷ったが、その必死そうな様子に、恐らく希未を優先すべきなのだろうと考え至った。
セルティもセルティで驚いちゃいるが――…とりあえず、直接話させた方が早いだろ。


『あの、すいません平和島さん、セルティさんに代わって…もらうのは難しいと思うので…申し訳ないんですけど、スピーカーにしてもらえませんか』

「ああ、ちょっと待ってろ」


耳元から離した携帯を操作し、スピーカーに切り替える。
セルティの様子からもこいつらが知り合いなのは確からしいし、だとすればそこに対しては驚かざるを得ないが――…さっき希未も言ってた通り、後から聞きゃ済む話だ。
そう思いながら「スピーカーにしたぞ」と言えば、わずかに安堵したような希未の声がした。


『ありがとうございますっ、あの、セルティさん、聞こえてますか』

「…聞こえてるってよ」


隣で頷いたセルティの動きを知らせるようにそう言えば、電話の向こうで希未が息を吐いた。


『セルティさん、お願いがあるんです』

『もしもこの後眼鏡をかけた女の子に会ったら、その子の自宅には送り届けないで、セルティさんの家に連れて行って欲しいんです』

『その子をひとりにしちゃいけないんです』


意味わかんねえ。
息つく間もなく言った希未の言葉に、脳内にはその感情しか湧かなかったの、だが。


『その子のことはどうにかして私が迎えに――…わッ、』


続く言葉を言っていた希未が、突然声色を変えた。
そしてその直後、


『返してください』

『何なんですかいきなり』

『っていうか私がシャワー浴びてたらどうするつもりだったんですか』


そんなわけのわからない希未の声だけが聞こえてきて、ああやっぱり風呂場で話してたのか、なんて思った。

けど、何だってシャワーなんて出しながら話してたんだ。
親か兄妹か知んねえけど、相手も相手で何で何も話さねえんだ。電話してるからって気ぃ遣ってんのか。
つかあいつ、身内にも敬語使うのか?

それら以外にも浮かんできた多くの疑問に首を傾げながらセルティを見れば、うなだれたように俯きながら首を振っていた。


「ん、」


向こうの状況はよくわかんねえけど、とりあえず声かけるか。
そう思って希未のことを呼ぼうとした瞬間切れた通話に、もう一度首を傾げる。


「何かわかんねえけど、切れた」

《…切れたな。あいつ、》

「? どうした?」

《……いや、何でもない。大丈夫だろう、多分》


セルティまで何わけのわかんねえこと言ってんだ。
そう言おうとしたと同時に動き出したセルティの手は、早くも次の言葉を打ち込んでいる。


《というか、お前も希未ちゃんと知り合いだったのか》

「あー…1年くらい前に臨也とやり合ってる時に怪我させちまってな。それからちょくちょく、まあ会ったらちょっと話す程度だ」

《私も、あの子と知り合ってからは1年くらいになるかな。静雄ほど親しくはないが》

「へえ」


突然切れた通話に、今度はこちらから発信しながらセルティと話す。
…が、出る気配がないどころか、電源を切った(切られた?)らしくつながりやしない。


「電源入ってねえっぽい。…どうすっか」

《いや、まあ…大丈夫だろう。とりあえず希未ちゃんの言いたいこともわかったし、行くか》

「大丈夫なのか?」

《私はあの子のことをよくは知らないが…多分、大丈夫だ》


希未の身に何かあったんじゃ、と思いながら聞いてみたが、セルティは俺の知らないあいつの何かを知っているとでも言うのだろうか。
むしろそうとしか思えないセルティの言葉に、俺は「そうか」と言うしかない。


《もし希未ちゃんのことが心配なら、あとでまた連絡してみるといい。電源が入ってるかもしれないしな》

「そうだな」


希未ってやっぱり変な奴だな。
そんなことを思いながらバイクにまたがった俺は、あいつのことを、何も知らない。


散らばったたくさんの疑問


(あいつの家って相当厳しいんだな)
(静雄、知らないのか…)

 



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