数歩前進、一歩躍進


頭が痛い。
といっても実際に頭痛がするわけではなく、あくまで比喩表現として、“頭が痛かった”。
理由なんて言うまでもない。そりゃあ挙げろと言われれば両手で足りるか際どいくらいたくさんあるけれど…やっぱり、今私が一番頭を抱えている問題といえば。


「…取るべき行動だよなあ」


1日24時間という限られた時間の中で、そればかりを考える日がどれくらい続いただろう。
けれどいつだって最後に行きつく答えは“わからない”で、未だに私は、自分が取るべき行動を決められずにいる。

色んな方法を考えなかったわけでも、思考することを放棄したわけでもない。
あらゆる可能性やイレギュラーな出来事も合わせて想像をめぐらせたけれど、どうしたって私は、誰かひとりの幸せや、不幸せを選ぶことができなかったのだ。


「…………」


元々悩みとかを人に話したいと思える方じゃなかったけれど(臨也さんと出会ってから輪をかけて思うようになった)、誰にも話せないということがこれほどまでにつらいことだとは、想像もしていなかった。
…いや、もしかしたら、話そうとしないだけで、誰かに話してみてもいいのかもしれない。
決して多いとは言えないけれど、知り合いだって何人かはいる。そのうちの1人くらいは、もしかしたら、信じてくれるかもしれない。
たとえば――同じ“異質”である、セルティさんとか。

でも、その先に何がある?
信じてもらいたいだけなら、それは無意味な承認欲求や、ある種の不幸自慢でしかない。
それによって大団円にならなければ、話したって意味がない。

正直なところ、別に正臣たちに話して引かれたり、頭がおかしい奴だと思われても構わない。
私の目的は彼らと仲良くすることでなく、彼らが仲良くしてくれていることだから。
そしてそれが、1秒でも長く続くことだから。


「…あ。そ、っか」


私の本当の目的は、そこにあったんだ。
誰も傷つかないことじゃない。たとえ傷つくとしても、それが必要な痛みなら、私が手出しすることはないんだ。
たったそれだけのことなのに、どうしてこんなに長いこと悩んでいたんだろう。


「あれ、希未何してんの」

「…あ、臨也さん」


家のドアの前にしゃがみ込んで考えていた私に声をかけたのは、他でもない、家主である臨也さんだった。
なるほど、どうやらどこかに行っていたらしい。こんなことならさっさと中に入って、自分の部屋にでもこもって考えてればよかった。


「鍵忘れたの?」

「いや、持ってます」

「まあそうか。もし忘れたなら、運が良くない限りセキュリティ上ここまで入ることすらできないし、第一俺に連絡してくるはずだからね」


うずくまってたってことは腹痛?
言いながら鍵を開けた臨也さんは、私の方をちらりと見ながら家の中に入っていく。
まあ、どちらかと言えば頭痛なんですが――


「痛かったんですけど、もう治りました」

「そう、良かった」


本当、良かった。
つらい選択だった…というよりは本質を見失ってたと言った方が正確なんだろうけど、でも本当に、決断出来て良かった。
そしてナイスなタイミングです臨也さん。声をかけてくるのがあと1分早ければ、私はきっとこの人に脳内をかき乱されて、正しい選択をすることができなくなっていただろう。


「そうだ希未」

「何でしょう」

「知ってた?昨日で斬り裂き魔の被害者、50人を超えたんだよ」


まじか。
口にはしないまでも内心でそう呟いた私は、驚いて目を丸くする。
…でもまあ確かに、原作の絵やアニメでも平和島さんが相手にしてたのは膨大な数の人だったし、それくらいの数になってても何もおかしくないか。


「え、無視?」

「…ああすいません、ちょっとびっくりしてました。そんなにたくさんかーって」

「本当に?」

「こんなことで嘘吐いてどうするんですか」

「希未は時々平気な顔で嘘吐くからね」


少なくとも臨也さんを目の前にして嘘吐いたことなんて、数えるほどしかないんですが。
そんなことを思いながら臨也さんが立つデスクの方を見てみれば、きつい西日が差しこんでいる。


「……………」


似合わないなあ、夕陽。
逆光気味になりながらも確実に存在するその人にそんなことを思えば、はっきりとした表情はわからないまでも、臨也さんが眉間に皺を寄せたような気がした。


「何?」

「何がですか」

「何か憐れんでるような目をしてるよ」

「気のせいじゃないですか」


…うん、夜の方が似合うと思っただけで、別に憐れんだつもりはないし。
そんなことを思いながら冷蔵庫の扉を開ければ、家中にインターフォンの音が鳴り響いた。


子猫の前進なんて


(俺の一歩にも及ばないんだよ)

 



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