奥の奥まで突っ込んで


夜ご飯、何がいいですか。
そんな私の言葉にただ一言「カレー」と答えた彼は、私の作ったカレーを前に興味深そうな目で笑った。


「見た目は悪くないね」

「…どうも」

「じゃあいただきます」


少しだけドキドキしながら、臨也さんの口にスプーンが運ばれるのを見守る。
ああ緊張する、口に合わなかったら何言われるかわかんないもん。


「どう、ですか」

「うん。おいしいよ」

「え、うそ」


良かった、本当に良かった。
料理なんて調理実習の時以外やったことのなかった私だけど、それでもなんとか人に食べさせることができるレベルのものは作れたらしい。パッケージの裏、というものは偉大である。


「カレー好きなんですか」

「嫌いじゃないよ。特別好きってわけでもないけど」


何だそれ。
おいしいって言われて嬉しくなったから聞いちゃったけど、別に好きな食べ物じゃなかったんだ。


「個性が見えない料理は好きじゃないんだよね」

「ああ、だから冷凍食品とかレトルト嫌なんですか」

「それは知らなかったの?」

「私が見た限りは、小説でもアニメでもそんな描写はありませんでしたから。お寿司を食べてるのは見たことありましたけど」


ウィキとかには書いてあったかもしれませんねと言えば、臨也さんは興味深そうに目を細める。
…ああ、なんだか嫌な予感。


「ねえ、俺ってこの先どうなるの?」

「…え」

「きっと俺自身も知らない未来を、希未は知ってるんでしょ?」


来ました。
いつかされるだろうと思っていた、困っちゃう系の質問。しかし思ったよりも早かったな。


「…残念ながら、そこまで知りません」

「は?」

「アニメは深夜の放送だったからそんなに見れてないし、何せ登場人物が多い上に、それぞれにスポットを当てた群像劇って感じだから、小説の方もなかなか読み進められなくて」


期待はずれとでも言いたげな目をした彼に、少しだけ安心する。
よかった、バレてはいないみたい。
小説に関しては熟読した…とは言えない程度だけど、アニメの方はちゃんと見てたんだよね。


「臨也さんの未来がわかってたとして、聞きたいんですか」

「聞いたら聞いたでつまらない気もするけどね。それでも君の知ってる通りに動くのは癪だからさ」

「…やっぱり臨也さんは臨也ですね」


臨也さんにも人間らしいところがあるんだな、なんて考えながら、思ったことを口に出してしまった。
…あ、まずかったかも。臨也さんちょっと怪訝そうな顔になった。


「ねえ、俺って本当にキャラクターなわけ?」

「…やっぱり信じられませんか」

「別に疑ってはいないよ。昨日だって紀田くんの名前を聞いたし、俺の年齢を言い当てたわけだから。ただ現実味がないし、本当なら有り得ないことだろ?」

「はあ、」

「けど希未ってアニメ見たりライトノベル読んだりしそうなタイプに見えないから」

「友達に勧められたんですよ。実際、別にかわいい女の子がわんさか出てきたりロボット出てきたりする感じの作品ではなかったですし」

「ふうん」


良かった、別に怒ってるわけではないらしい。
そういえば、昨日の夜話した時、臨也さんは私を疑うような言葉を口にしてなかったような気がする。
…とはいえ、信じてもらうためにも多少は話した方が良いだろうか。


「…じゃあ、信じさせてみせましょう」

「何か俺しか知らないことでも知ってるの?」

「臨也さんしか…ではないですけど。臨也さんと関わりのある人たちでさえ知らないようなことは、知ってるつもりです」


コホン、と咳払いをひとつすれば、気分が高揚していくのがわかった。
…もしかしたら、臨也さんが人に情報を売る時ってこんな気分なのかな。


「臨也さんは来神の卒業生ですよね。それで、クルリちゃんとマイルちゃんっていう双子の妹がいる」

「…へえ」

「他は…粟楠会と関わりがあるとか、奈倉って名前を使ってるとか…あと大トロが好きで、チャットのハンネが“甘楽”でネカマ」


いいことを思い出した、という勢いのまま言ってしまった言葉に、臨也さんが目を丸くする。
さ、さすがにネカマはだめだったか。


「…ふ、ははは!」

「え」

「正直半信半疑だったけど、これでもう確信した。希未は本当に違う世界の人間なんだ!ははっ、異世界の住人と出会えるなんて俺は本当に運がいい!」


こわい。
なにがどうってうまく言えないけど、こいつやばい奴だな感がすごい。


「…はあ。面白くなりそうだね、希未」

「……何と言えばいいのか」

「喜べばいいよ。ああ…きっとこういうのを幸せって言うんだろうねえ」


違うと思う。少なくとも一般的には。
…けどまあ臨也さんがこういう人ってのはわかってたし、多分何言っても無駄なんだろう。


「もしこの世界に神がいるとすれば、俺は誰よりも祝福されて愛されているんだろうね。まるで世界が俺を中心に回っているんだって錯覚しそうになるよ」

「………」


正直、同意出来ると思ってしまった。
だってこれからの未来は、憎たらしいくらいに臨也さんの思い通りになる。
周囲のほとんどがそれを望んでいないというのに、ただ1人、ぐちゃぐちゃにしてしまおうというこの人の望みは叶ってしまうのだ。


「これから先のことは聞かないことにするよ。作品通りに動きたくはないけど、それでも何か差異が起きることで希未の存在が失われるかもしれないからね」

「はあ…」

「ああ安心して、別に希未が俺の未来を知ってるからといって、何か行動を変えるつもりはないから」


むしろその方が安心できないんだけど。
そんな言葉を飲み込んで少し冷めたカレーを口に運べば、視界の隅で臨也さんが笑った。

 



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