無知の知を知る少女
「いただきます」
「はい、どうぞ」
深夜0:18、適当に入ったご飯屋さん。
普段と比べたらだいぶ遅い時間の夕飯だけど、たまにはこういうのもいいかもしれない。私がまだ子供だという証なんだろうけど、ちょっと楽しい、こういうのって。
「それでさ」
「はい?」
「希未は、あの世ってあると思う?」
突然何だ、と言いたくなった。
まあ確かについ1時間半くらい前にそんな話を(わたしを除いて)していたけど、少なくともご飯を食べてる時に話すようなことじゃないだろう。
「唐突ですね」
「気になってね。それで?どう思う?」
「…なんていうか。どっちでもいいっていうのが一番です」
「へえ?」
頼んだものに手をつけることもなく、楽しそうな表情で臨也さんが私を眺める。
…そういう意図じゃないっていうのはわかってるけど、どんな意味があるにしても、見られながら食べるのって結構嫌なんだけどなあ。
「何でどっちでもいいの?」
「何か、自分自身が生きるとか死ぬとかそういうのを超越してしまったような気がして。そもそもあっちにいる頃から信じてたわけじゃないですけど」
「へえ、希未って無神論者なんだ」
「死後の自分のことなんて今の自分には関係ないと思ってるだけで、無神論者ではないですよ。事故にあって意識がなくなる直前だって、神様にお願いしてましたもん」
なぜかもうずいぶん昔のことに思える、数日前のことを思い出す。
結局あのお願いは…叶ったってことになるんだろうな、一応は。
「何、お願いって」
「まだ死にたくないってお願いしたんです。お願いとも言えない独り言みたいなものでしたけどね」
「その神様って誰?」
その時私は、漠然と思った。
「よくあるご都合主義ですよ。別に明確に誰かを思い浮かべたわけじゃありません」
「本当、よくあるご都合主義だね」
「だからそう言ったじゃないですか」
あれ、何だか臨也さんって。
「まあ、日本人にはありがちな考えだね。特定の神や宗教を信じているわけでもなく季節ごとのイベントに便乗して、都合のいい時だけ神頼みをする」
「確かにいいとこ取りだとは思いますけど、楽しいことを積極的に取り入れたいと思うのは悪いことじゃない気がしますよ」
「クリスマスに浮かれ騒いだおよそ一週間後には寺社に参拝するだなんて、日本以外じゃそうそう受け入れられないだろうけどね」
っていうか、“臨也”って。
「…ぇ。ねえ、希未?」
「… っあ、はい?」
「何、人の顔じっと見て」
こんなに話しやすい人だったのか、なんて。
「いや、何でもない です」
言えるわけもなく、ごまかした。
うん、臨也さんも大して興味がなかったのか「ふうん」なんて言ってるし。良かった。
「話を戻すと――つまり希未は、あの世があってもなくてもどっちでもいいってことか」
「そうですね。結局死んだら何もなくなるし」
「まあ、そう思ってる分さっきの子たちよりは賢いのかな」
「…比較してたんですか?」
うわあ。
そんな感情が顔に出ていたのか、一瞬目を丸くして臨也さんが笑う。
「別に深い意味はないよ。さっきのご都合主義とかもそうだけど、希未って変わってるかと思いきや突然普通の子になるからさ」
「褒め言葉じゃないのはわかります」
「伝わってるようで何より」
くつくつと喉の奥で笑っているような声で、臨也さんが微笑む。
馬鹿にされているような気しかしない…というか、明らかに馬鹿にされている。
そんなことを思いムッとしていると、背後にある厨房の方から食器を洗うカチャカチャという音が聞こえてきた。
周りを見渡せば、残っている客は私たちだけ。もうそろそろ1時だし、どうやらお店を閉める準備をしているらしい。
「…ってことで」
「何いきなり」
「私なりに臨也さんのこと分析したんですけど、臨也さんって、頭の回転の速さで自論の穴をごまかしてますよね」
「は?」
「いや、別にそれが悪いって言ってるわけじゃないので、気分を害したりはしないんで欲しいんですけど」
むしろ、その勢いとか回転の速さとかはすごいと思います。あおりなしで。
「ただ、私にもそれが通用するとは思わないでください。私はちゃんと自分の考えを持ってるし、それが臨也さんの考えと違ったとしても、ごまかされたりはしませんから。…もちろん、臨也さんの言ってることの方が正しいと思ったら、そこは素直に認めるつもりではいますけど」
矢継ぎ早にそう告げて、水をごくりと一気に飲みこむ。
お店が閉まるっていうのもあるけど、お腹が満たされて眠気がやってきたからこんな強引に終わらそうとしちゃったけど…大丈夫だ、
「…ははっ、俺にそんなこと言うなんて、希未って本当に今年で高1?」
「…どういう意味ですか」
「子供っぽくないって意味だよ。良い意味で」
…大丈夫だったかな、と思ったんだけど。どうなんだこれは。
なぜか満足げに笑った臨也さんは、まったく手をつけていないお皿をずいっと前に出して、テーブルの上に肘をつく。
そして組んだ手の上に顎を乗せたかと思えば、
「俺に拾われて良かったねって言ったけどさ」
「はい」
「俺も、もしかしたら、拾ったのが君でよかったかもしれない」
「…はあ」
どうも、と言っていいところなのか。
相変わらず臨也さんの意図しているところはよくわからない。
「帰ろうか。そろそろ眠くなってきただろ」
「…はい」
素直なのはいいことだよ。
数日前に聞いた言葉がもう一度聞こえた気がしたけど、眠気を前にそんなことはどうだってよかった。
午前0:53の池袋
(今日は、なんだか疲れました)
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