黒と漆黒と灰色の交差点


「疲れた?」


床に倒れこんで眠る女の人たちを横目にコーラを飲んでいると、臨也さんが笑いながら問いかけてきた。


「それ以上に退屈でした」

「やたらメロンソーダ飲んでたね」

「それしかやることがなかったんです。話を振られることもなく、ただただ臨也さんの自論を横で聞いてるだけですよ?携帯いじっていいような雰囲気でもなかったですし」

「混ざりたかったなら言えばいいのに」

「そんなことこれっぽっちも思ってません」


私は、自分がいかに退屈だったかを説明しただけです。
言いながら臨也さんを見れば、楽しそうに笑いながら、喉の渇きを潤さんばかりにアイスコーヒーをごくごくと飲んでいた。


「さてと」

「?」

「希未、それ取って」


それ。
そう言って臨也さんが指さした場所を見れば、2つの大きなスーツケース。
…ああ、何かさっき、君たちに合わせてますだとか何とか言って、びびらせるのに使った…


「え、入れるんですかこの人たち」

「うん」

「…殺人は駄目ですよ」

「まさか、殺すつもりなんてないよ」

「知ってます」


だからと言って、どうするんだったかまでは覚えてないけど。
そんな思いがばれる前に、と手にした2つのスーツケースを渡せば、臨也さんは満足そうに女の人の体に手をかける。


「寝てる人を思い通りに動かすのって、なかなか難しくないですか」

「そう?」

「まったく動かないから何か人形に触れてるみたいで、腕とか強引に曲げて折っちゃわないか不安になります」

「ああ、それはわからないでもない」

「自分の体ならまだしも、他人の体の可動範囲なんてよくわからないですし」


私の言葉にくつくつと笑いながら、臨也さんが女の人をスーツケースに詰める。
…あれ、っていうかいつの間に用意したんだ、このスーツケース。ここに入るまでは持ってなかったはずなのに。


「…あの、臨也さ」ガチャリ、


え。
突然背後から聞こえてきたドアを開ける音に、一瞬にして背筋に冷たいものが走った。
どうしようどうしよう、私飲み物頼んだっけ?店員さんにこんなところ見られたら犯罪に加担してるっていうか臨也さん同様首謀者だと思われ、


「ああ、待ってたよ」

「…は?」

「手伝って」


え、手伝って、って。
そんなことを思いながら振り返れば――


「 あ、」


黒いライダースーツに身を包んだ、あの存在がいた。










《で、こいつらを公園のベンチに座らせて終わりか?》


間もなく日付も変わるであろう時刻。
南池袋公園という場所の片隅に、私たちはいた。


「本当はサラ金とかに連れてっていろいろしたかったんだけど、正直、もう飽きた」

《飽きたってお前》

「飽きたし、儲けるにしては割に合わないんだよね。あくまで趣味でやってることだし、これ以上やると警察や暴力団が本腰を入れて調べに来るから。あ、今日はありがとねー。いつも頼んでる便利屋がどこも手一杯らしくてさ。いつもなら車でこいつらの実家まで運ばせるんだけど、あんたバイクだからここが限界かなーって思って」


…なんていうか。改めて、どうして私は臨也さんと暮らしてるんだろう。

だってあれからの流れと言えば、3人で女の人2人をスーツケースに入れて、それをこの人に渡して、私と臨也さんはタクシーに乗ってここまで来て。
その間に交わした会話だって、「今日は外で夕飯食べようか」とか「色々歩き回ったから疲れた」とか、そんなものばかりで。
目的とか、そういうことについては今の今まで全然話さなくて。
しかも何だよいつもなら実家まで運ばせるとか。中途半端に優しい。

…まあそんなんだから、私はまだ、この漆黒のライダースーツの人とまともに話もできていなくて。


《警察沙汰になるようなことか?巻き添えはごめんだぞ》

「あんたが気にする必要はないって。別に死体を運んだわけじゃないんだ、酔っぱらってた女を2人ベンチまで運んでやっただけなんだから」

《スーツケースに入れてか?》


そんな突っ込みを完全に無視した臨也さんに、どこまでも勝手な人だと、もう何度目かわからないため息を吐いた時。


《ところで、この子は?》


その人は、そう臨也さんに問いかけた。


「俺の同居人だよ」

《はあ?》

「ほら希未、ご挨拶」

「え、あ、えっと…柴崎、希未です」

《希未ちゃん…私はセルティ・ストゥルルソン。運び屋をやってる》


ええ、知ってます。
…なんて言えるわけもない私は、なるほど、とわかってるんだかわかってないんだか中途半端な返答をしておいた。


《兄妹…ではないよな。親戚の子か?》

「いや、他人だよ」

《…まだ高校生くらいだろう》

「ご名答、今年で高1の年だよ」

《………》


質問だけに答えるんじゃなく、相手に聞く暇も与えない程度に核心を伏せつつ話せばいいのに。
煮え切らない物言いにもやもやしてるんだろうな、と思いながらヘルメットの奥を視線だけで覗き込んでいると、存在しないはずの瞳と目が合った気がした。


《どうしたの?》

「え、あー…えっと、この人煮え切らないんで私から言いますと、諸事情がありまして家に置いてもらってる状態なんです」

「何で言っちゃうの、つまんないじゃん」

「つまんないとかそういう問題じゃないです、変に誤解されたりしたくないんですよ」


別に嘘つく理由だってないじゃないですか、と付け加えて言えば、臨也さんが少しだけ不満そうな顔をした。別に可愛くない。


「…さて、それじゃあそろそろ行こうか」

「え、どこに、」

「夕飯だよ。昼から何も食べてないだろ?」

「ああ…」


カラオケにいた時に空腹の向こう側には到着していたけど、何かそう言われたら急激にお腹が減ってきた気がする。
どうしよう、何を食べようかな。


「それじゃ運び屋、またね」

「…っあ、それじゃあ、どうも」

《…ああ》


軽く頭を下げ、紙袋を手に臨也さんを追いかける。
さあ、遅すぎる夕飯に何を食べようか。


深夜0:03、池袋の片隅で

 



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