これが日常だなんて、
「とりあえず、死ぬ前に何かしたいって事あるかな?」
あ、これ小説の方だ。
歌うわけでもなく、曲を選ぶわけでもなく、2人の女の人に向かって言う臨也さんを眺めながら、状況に似つかわしくないことを考えた。
臨也さんの問いかけに、首を振る2人の女の人。
そうだ。確か小説の一巻にあった、自殺志願の女の人たちだ。そして臨也さんはこの人たちを騙して、弄ぶんだ。
「そう、でも、本当に僕なんかでいいのかな?心中するんだったらもっといい男とか沢山いるんじゃないの?」
「いないから死ぬんです」
「そりゃ正論だ」
…なんていうか、今更だけど、ゲスいことしてるなあ。
死ぬ気なんてサラサラないのに、自殺志願者の集まる掲示板に『一緒に逝こう』だか何だかコメントして、同意した人とこうして会って。
どうして死を選んだのか、その時どんな絶望が自殺志願者を取り巻いていたのか。
それを知るために、ただ己の好奇心を満たすために、こうして引き留める気もないまま自殺志願者に接触する。
…自分も死ぬ気であると、嘘をついて。
まあ、今自分が置かれている状況を理解したうえで、今から死のうと考えてる女の人たちを前にそんなこと考えながら、飲んでるメロンソーダのグラスの中にある氷が邪魔だとか思ってる私も私かもしれないけど。
それは――…うん、この後どうなるかはわかってるから、ご愛嬌ってことで。
「酷い!私たちのことを騙してたの!?」
「わッ」
うーんうーん、なんて考えていると突然聞こえてきた高くて大きな声に、ついそんな声が漏れた。
何だ何だ何が起きた、私がぼうっとしてる間に何を言ったんだこの男は。
「ちょっと…あんたそれは洒落になんないよ」
「最低だよ!ふざけんなよバカ!何様なのよあんた!酷過ぎるよ!」
「え、何で?」
どうしよう、本格的に状況が読めない。
何か女の人2人はすごい怒ってるし、けど臨也さんは不思議そうな顔してるし…いや、うん、とりあえず臨也さんが何か余計なこと言ったんだろうってことはわかるけど。臨也さんだし。
「ひッ……」
なんて思っていると、女の人の1人がそう声を上げた。
…笑顔でありながら仮面のように無表情であり、どこまでも冷淡で――見るものに果てしない恐怖を与える、そんな、臨也さんの笑顔を見て。
「死ぬって決めたんだからさあ。もうほら、どんなことを言われても気にする必要ないじゃん。騙されても罵られても、少しあとには全部消えるんだ。俺にこうして騙されてるのが苦痛なら、舌でも噛み切ればいいよ」
舌を噛み切るってのは、別に出血多量で死ぬんじゃない。
そんな医学知識なのか何なのかよくわからないことをペラペラと語る臨也さんの横で、相変わらず私はメロンソーダを飲む。
溶けてきた氷で薄くなって、あまりおいしくない。
「解ってないよ、全然解ってない。君はあの世には無しかないと言った。そこがね、違うんだよ。もう苦しまなくて済む、そういう意図で言ったのかもしれないけど…死ぬってのは、なくなるってことさ。消えるのは苦しみじゃない、存在だ」
別に、苦しみだって消えると思うんだけど。
私ひとりだけ蚊帳の外状態で殺伐としている3人の様子を眺めるのは、あまり気分のいいものじゃない。だからと言って仲間に入りたいかと言われれば、食い気味に傍観者であることを希望するけれど。
「何もない状態が『無』じゃないんだよ。無というのは必ずしも『有』の対立存在ではない。君の言っている無は、何もないこと、永遠の闇。だが、そこにはその闇を知覚している自分という存在があるじゃないか。全然無じゃないよそんなの。苦しみから解放されようとして死ぬというのならば、『苦しみから解放されたことを認識する自分』が必要じゃないのかい?君たちは『自分が何も考えていないことすら認識できない』ということすら認識できない、その状態が想像できていない。君たち2人の考えは、本質的なものは何も変わらないよ。こんなことはあの世を信じていないならば小学生でも理解して、一度は恐れ、悩んでいることだろう?」
――よくもまあ、こんなに早く口が動くもんだ。
なんていうか、純粋に感動してしまった。いや、突っ込みどころはそこじゃないってことはわかっているんだけど。
「でも……だって…それはあなたがそう思ってるだけでしょう!?」
「その通り。正確にはわからない。俺が勝手にあの世がないって思ってるだけさ。まあ、あったらラッキーと思うけどさ。その程度のもんだよ」
はは、と無機質な笑いを漏らしながら。
臨也さんは、到底この状況には似つかわしくない、けれどどこまでも臨也さんらしい明るい声で、話を続ける。
「でもさ、君らは違うじゃん。あの世も中途半端にしか信じてない。それとも君の信じている宗派は自殺を肯定した上に『就職や恋愛に失敗したら死ぬと良い』とでも教えているのかな?それならば俺は何も思わないし立派だとさえ思うけど――…中途半端にしか信じてない奴があの世を語るのはやめようよ。それはあの世に対する侮辱だ。本当は死にたくなかったのに、他人の悪意に追い込まれて死んじゃった人たちに対する侮辱だよ」
ああ、何かもう、疲れてきた。
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