はじめての池袋


「よし、じゃあ行こうか」

「…え、まだどこか行くんですか?」

「うん、池袋にね」


店員さんから紙袋を受け取った臨也さんが、お店を出てすぐのところで手を上げながらそう言った。
…え、ちょっと。


「池袋、ですか」

「そうだよ」

「何ですか何するつもりですか何企んでるんですか」

「過敏過ぎでしょ。ちょっと人と会う約束があるんだよ」


…信じがたい。
だって本当だとしても私を一緒に連れて行く必要なんてないもん、絶対ろくでもないこと企んでる。

そう思いながらも、止まってしまい開いてしまったタクシーのドアを前に、あまりもたつくこともできなくて。


「とにかく、いいからついてきて」

「…わかりました」


はあ、憂鬱。
タクシーの窓の向こうに広がる見慣れぬ景色を眺めながら、私はまたため息を吐いた。










「あ」


タクシーから降りて歩くこと数メートル。
待ち合わせ場所にしては何の特徴もない中途半端な場所で、小さく声を上げた臨也さんが足を止めた。


「どうしたんで、」

「希未はここで待ってて、すぐ戻る」

「え、え?」

「まあ別に一緒に来ても俺としては全く構わないけど、これからの君を思ったら動かない方がいいと思うから、一応忠告しておくよ」


何だかよくわからないことをまくし立てるように言った臨也さんは、私の足元に紙袋をどさりと置き、どこかに向かって歩いていく。
いや、別に臨也さんと一緒に行きたいとか1人になりたくないとかないし、むしろちょっと気が休まってありがたいと思ってるくらいなんですけど…なんて考えながら臨也さんの進行方向に目を向けた瞬間、


「やあ」


私の体は硬直し、無意識のうちに目をみはってしまった。
そして、胡散臭さしかないあの人の声を遠くに聞きながら、悔しさとない交ぜになった、忠告への感謝を心のどこかに覚えた。


「久しぶりだね、紀田正臣くん」

「あ……ああ……どうも」


ぎこちなく、怯えと嫌悪を浮かべながら答える茶髪の少年。
そしてその隣で、少年を眺めながら不思議そうな顔をする、黒髪の少年。
どちらも紙や液晶越しにしか見たことのない人たちの姿で、私は無意識に息を呑む。


「その制服、来良学園のだねえ。あそこに入れたんだ。今日入学式?おめでとう」

「え、ええ。おかげさまで」

「俺は何もしてないよ」

「珍しいっすね、池袋にいるなんて……」

「ああ、ちょっと友達と会う予定があってね」


淡々と交わされる会話。
けれどそこに存在するそれぞれの感情は真逆と言ってもいいくらいに正反対で、その輪の中にいない私すらも、緊張感に包まれる。


「そっちの子は?」

「あ、こいつはただの友達です」


“ただの”。
そう強調して言った茶髪の少年――…紀田正臣の表情には、これ以上ないくらいの焦りと困惑、恐怖が広がっていた。

ああ、かわいそうに。
次第に落ち着いてきた自分の中に広がっていた感情は、まさしく同情であった。


「俺は折原臨也。よろしく」

「竜ヶ峰、帝人です」

「エアコンみたいな名前だね」


うわあ、アニメと同じだ。
どこか一線を画してそんなことを思いながらも、私はあるひとつのことに気付く。


「…あれ?」


ここ、あのカフェの前じゃない。
っていうかそもそも、この出来事に至るまでの流れが違う。
これってどういうことだろう、原作の小説の方は詳細に覚えていないし…


「じゃ、そろそろ待ち合わせの時間だから」

「…はっ、」


臨也さんのそんな声が耳に届いて顔を上げれば、こちらに向かって歩いてくる臨也さんと、その姿を眺める2人の姿。
見られちゃまずいっ。なぜそう思ったのかはわからないけど、無意識に動いていた体は、身を隠すように曲がり角の向こう側に移動していた。


「ただいま。…何で隠れてんの?」

「え、ああ、いや…おかえりなさい、」


隠れていたことに意味はありません。
そう付け足しながら臨也さん越しに向こうを見てみれば、2人は何か会話を交わしながら歩いていくところだった。
うん、目も合ったりしてないし大丈夫だろう。何が大丈夫かはわからないけど。


「やっぱりあの2人知ってるんだ?」

「えッ」

「態度でバレバレだよ。あの2人もキャラクターで、今後の展開に関わるから姿を隠したんだろ?」


うわ、全部ばれてる。
そりゃ紀田正臣って名前はここに来た日の夜に話したから、そう思ったっておかしくないけど、何で帝人のことまで。こわい。


「さ、そろそろ行こうか」

「どこ行くんですか」

「人と会う約束があるって言っただろ?」


え、それって今の2人のことじゃなかったの。
そんなことを思いながら臨也さんの後を追いかければ、嫌な予感が全身を包んだ。

 



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