静寂フェンシング


「それじゃあ、ご飯作っちゃいますね」

「ちょっと待って」


波江さんも帰ってしばらく経った、18時過ぎ。
ソファーを立った私の腕を掴んで、臨也さんがそう言った。


「何ですか」

「さっきの話の続きだよ」


シズちゃんと会って、どんなお話をしたのかな。
その言葉を聞いた瞬間、なぜだか背筋に冷たいものが走った気がした。

別に忘れていたわけじゃない。
ただ、シャワーから戻った頃には四木さんは帰っていて、入れ違えるように所用で出ていた波江さんが帰ってきて、臨也さんは仕事をしていて。
本当に、ただただそんな暇がなかったというだけで。


「…別に、たいした話はしてないです」

「その割には目が赤かったけど。希未ってそんなに泣き虫だった?」

「それは、」

「言ってごらん、怒らないから」


怒らないからだなんて、そもそも私は怒られるようなことをした覚えはないのに。
私は前に臨也さんが言ったように、思うままに行動して、この世界で生きているのに。
なのに、どうして怒らないと言われて、安心しているんだろう。
そんなのまるで、本当にペットみたいじゃないか。


「…平和島さんに、臨也さんと付き合ってるのかって、聞かれて」

「うん」

「付き合ってないって、言って」


掴まれたままだった腕に、私の腕を掴む臨也さんの手に、少し力がこもった気がする。
そこまで長くないはずの臨也さんの爪が皮膚に刺さって痛いけど、これは平和島さんと会った私への罰だとでも言うのだろうか。


「臨也さんと関わりがあることは、認めました。でも、だからって平和島さんに危害を加えるようなことは、」

「しないって言ったんだ?」

「…はい」


だってそれは、嘘も偽りもない本当の気持ちだったから。
臨也さんのように悪意も詭弁もないあの人に私は嘘なんて吐けないし、吐く必要もないと思ったから。
なのに、臨也さんは。


「中途半端だね」

「………」

「どっちつかずはよくないと思うよ」


だからといって私が葛藤をやめれば、退屈になるくせに。
そんな思いが伝わったのだろうか、臨也さんはいやらしく笑った。









「希未はどうしたいの?」

「…何のことですか」

「君の周りの、俺以外との関係。それと、俺も知らない未来のことだよ」


きっとこの子は、俺が言うまでもなくわかっていただろう。
顔を見れば、そんなことは手に取るようにわかる。


「関わらなければ楽だったよね。俺が何を企んでいるか知ってても、関係性が希薄だったらこんなに苦しむこともなかったかもしれない」

「………」

「ああ、もしかしてその逆?彼らを助けたいから君は関わってるのかな。だとすればそれは懸命な判断じゃない。前にも言ったように、君がどんなに悩み苦しもうと俺は自分のやりたいことをやる」


まくし立てるように言えば、希未は視線をそらしてうつむいた。
けどその目は明らかに不快そのもので、自分の中に、高揚が広がっていくのを感じた。


「…臨也さんがどんな行動を取るかなんてわかってます。そこに私の思いが関係ないのも、臨也さんがそんなことを配慮しない人間なのも、よくわかってます」

「ふうん?」

「だけど、きっと私は止められないから。それでも、みんなが傷つくのは嫌だから」


言いながら俺と視線を合わせた希未は、俺の期待に反して決意に満ちた表情をしていた。
それはまるで、あの日、来良に入る数日前の夜にような。


「私は、平和島さんが好きです。学校の友達のことも、大好きです」

「…ふうん」

「その大好きな人たちが、あなたのせいで苦しむ姿は見たくないんです」


確かな決意を宿した目に、悔しいながらも驚いた。
これほどまでに明確な意思を持って希未が言葉を発したことが、今までにあっただろうか。


「だから私は、このまま指をくわえて見ていたりはしません」

「…へえ。宣戦布告?」

「どうとっても構いません。ただ、私はあなたの駒でもなければ信者でもないんです」


一瞬驚きはしたけれど、相変わらずな希未にわずかに安心した。
けどそれ以上に俺の頭と心、そして体に溢れるのは、希未に対する好奇心で。


「本来の私だったら、悔しいけど臨也さんには敵いません。頭だって良くないし、人脈だって全然ない」

「そうだね」

「けど1つだけ、あなたよりわたしが優れていることがあります」


緊張と高揚が混ざったような希未の表情に、ああ俺と似てきたのかな、なんて頭の片隅で考える。
あの日初めて俺を見た時と同じ、でもまったく逆の意味を持つその表情に、俺の中の何かがざわざわとうごめく。


「私は未来を知ってる。あなたが絶対に知り得ない未来を知ってることで、私はやっとあなたと対等な立場になれるんです」


対等な立場という言葉に少しだけ笑ってしまいそうになった。
けどそれもそうかもしれない。
希未が未来を知ってる以上俺はこの子を手放す気はないし、それをわかってるから、希未はこんなことを言うんだろう。


「…やっぱり面白いね、希未は」

「どうもありがとうございます」

「思ってもないくせに」

「臨也さんに言われたくない」


絶対に遂げてやる。
絶対に邪魔してやる。
俺と希未の、そんな真逆の思いがぶつかり合った時、俺たちに何が起きるんだろう。


「希未」

「何ですか」

「やっぱり俺と君が出会ったのは、運命だよ」


そう言って笑えば、これ以上ないくらいに嫌そうな顔をした希未が俺の手を振り払った。


得たものは、確かな思い


(それが自分を苦しめるとも知らずに)

 



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