異質と異質の組み合わせ


「希未、この書類そっちに置いといて」

「はい」

「あと紅茶淹れて」

「はい」


目の前で淡々と言葉をつむぐ男。
折原臨也に雇われて、1ヶ月が経った。


「どうぞ」

「ありがとう」

「波江さんもどうぞ。ちょっと休憩しましょう」


所用で出かけていた間に帰って来たらしい希未が、折原臨也のデスクの上に紅茶を置いたかと思えば、一方的にそう告げて少し離れたテーブルにカップとソーサーを置いた。
…私は、休憩するなんて一言も言ってないのだけど。


「…ええ、ありがとう」


せっかく淹れてくれたのだから、なんて思いはなかった。
それでも私が彼女の言葉を拒まずにソファーへ座ったのは、わずかに喉の渇きを覚えたから。


「他にやることありますか?」

「ううん、とりあえず今はいいよ」

「じゃあ洗濯とかしちゃいますね」


言いながらパタパタと希未が駆けて行き、この空間には私と折原臨也だけが残される。
それにしても…本当に慣れない。


「波江さん、仕事には慣れたー?」

「…別にこのくらい、どうってことはないわよ」

「頼もしいねえ」


軽口を叩く折原臨也は、相変わらずのいやらしい笑顔を私に向けていた。
…あの子、よくこんな男と一緒に生活できるわね。

仕事には慣れた。…というより、そもそも“秘書”という立場に与えられたものは、そのほとんどが雑務。
ただ指示されたことをやるだけなのだから、慣れも何もあったものじゃないわ。

けどただひとつ、希未という少女が私には理解できなかった。
雇い主の男は、外見はともかくとして、内面は知れば知るほど関わりを持ちたくないと思わされるような性格をしている。
それなのにそんな人間と一緒に生活をしているだなんて、私にはまったく理解ができない。


「…あの子、何であなたみたいな人間と一緒に住んでるのかしら」

「それって関係性って意味?それとも希未の性格?波江さんが希未に興味を持つなんて意外だなあ。俺、君はそういうことに関心がないと思ってたよ」

「別に興味があるわけじゃないわ」


そう、本当に興味はない。
私には誠二がいればそれでいいし、逆に言えば、誠二以外のことなど興味を持つに値しない。
だからこれは興味や関心なんかじゃなくて、ただ純粋な疑問だった。


「関係性は別に何でもないよ。恋人でもなければ信者でもないし、血のつながりもない」

「…不純ということはわかったわ」

「不純?やだなあ波江さん、俺たちはそういう関係でもないよ」


私は何も言っていないのに、折原臨也は脳内で何らかの関係性を導き出したらしい。
自分で言っておきながらという思いはあるものの、確かにあの子とこの男がそういう関係にあるようには思えない。
強いて言うなら、


「ペットみたいね」

「ああ、多分それが一番正しい表現だと思うよ」


カップを持つ手が止まる。
深い意味もなくただ口にしただけの言葉に同意されるなんて、という思いによるものだったけれど、デスクの方に目を向けても、折原臨也は顔色ひとつ変えやしない。


「…あなた、女には困ってなさそうな顔してるのに」

「それって褒め言葉?それとも、俺が性欲なんてゼロの男に見えるって意味かな」

「あなたの性事情になんてこれっぽっちも興味ないわ。うるさい口を閉じないと今すぐ帰るわよ」

「おお、怖い怖い」


小馬鹿にするように言った男は、PCから目を離すこともなく淡々と仕事を続ける。
…本当に、よくこんな奴と一緒に暮らせるわね、希未は。


「臨也さーん」

「どうしたの?」


洗濯を終えたらしい希未がリビングに戻り、折原臨也の元へと寄っていく。
その姿はまさしくペットそのもので、さっきこの男が言った言葉に、妙に納得している自分がいた。


「今日はご飯どうしますか」

「何でもいいよ」

「それが一番困ります」


…本当に、見れば見るほど奇妙な関係ね。
そんなことを考えながら飲んだ紅茶は、もうすっかり冷え切っていた。


職場、同僚、上司


(変なところに来てしまったみたい)

 



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