子供と大人の狭間の終末


「うわ、おいしそう」

「食べていいよ」

「いただきます」


今日の主役は臨也さんなのに、これでいいのだろうか。
数分前までのそんな思いも一瞬で消え失せたわたしは、目の前の高級料理に目を輝かせた。


「…おいしいッ」

「そう、良かった」

「臨也さんのもおいしそうですね」

「少し食べる?」

「いいんですか」


あれからすぐにご飯屋さんに入った私たち。
穴場みたいで祝日なのにそんなに混んでないし、平和島さんともすんなり(?)別れられたし、臨也さんの機嫌も悪くはなさそうだし、とりあえずは順調である。
そんなことを考えながら臨也さんの料理をひとくちもらって咀嚼していると、私を見つめる視線に気付く。


「っていうか希未さ」

「何ですか」

「さっきああ言ってくれたのはありがたかったけど、俺の誕生日昨日だからね」

「……………あ」


臨也さんがそう言った瞬間、フォークに刺さってた魚の切り身がぽろっと落ちた。
……タイミングよすぎだろ。


「………恥ずかしい…」

「恥ずかしいねえ」

「ほんと嫌だ、何でわざわざ言うんですか」


数十分前の平和島さんとのやり取りを思い出して、顔中に熱が集中するのを感じる。
ああもう最悪。あんなこと言わなきゃよかった。


「…忘れてください」

「嫌だよ。絶対忘れない」

「性悪ですね」

「希未は俺のために言ってくれたんじゃないの?」


軽く睨んでいたつもりが、臨也さんの瞳に射抜かれていた。
少しだけ嬉しそうなその表情は、出会って1ヶ月ほど経つのに、まだ数回しか見たことがない。


「希未はシズちゃんより俺を優先してくれたんでしょ?」

「……いや、優先とかそういうんじゃ、」

「ってことは、俺はあいつに勝ったわけだね」


聞けよ。
思いながらも、私の考えていることも知らずに料理を食べる臨也さんに、少しだけ悲しくなった。

どうして臨也さんは、何でも平和島さんと比較するんだろう。
さっきのだって、たまたま特別な日だから臨也さんをかばうようなことしただけで、シチュエーションが違えば…


「まーた色々考えてる」

「……だって」

「いいんだよ。どんなに些細なことでも、シズちゃんに勝てれば俺はそれでいいんだから」


逆に言えば、どんな些細なことでも、俺は絶対にあいつに負けたくない。
そう言った臨也さんはきっと、たとえブロック一段であったとしても、人より高いところにいたい人なんだろうな、と頭の片隅で思った。


「ほら、早く食べないと冷めちゃうよ」

「…はい」


私が思っていた以上に、臨也さんの平和島さんへの執着は強い。
そのことに気付いて少し悲しくなりながら飲んだコーンポタージュは、腹が立つほど甘かった。










「はあ、疲れた」

「でも今日は夕飯作る必要もないよ」

「その点では楽ですね」


ご飯屋さんを出てから、「そういえば体重計壊れたんだよね」と言った臨也さんに付き合って家電屋さんへ行った。
お風呂上がりに体重計に乗るのが習慣とか女子か、って最初こそ思ったものの、一ヶ月も経てばそんなことにも慣れてしまった。
本人的には健康のためらしいし。


「…あ、臨也さん」

「何?」

「これ、本当にありがとうございます」


脱衣所に体重計を置いて戻ってきた臨也さんに向け紙袋を掲げれば、「いいよそれくらい」とこちらを見もせずに言われた。
紙袋の中身はこれまた洋服。
臨也さんの誕生日を祝うために出かけたのにどうして私が買ってもらうんだ、と思わなかったわけでもないけど、今回もまた強引に買ってもらう羽目になった。


「大切にします」

「是非そうしてもらえるとありがたいね。っていうか俺のあげたものを大切にしないとか有り得ない」

「心配は無用です」


デスクの方に歩いていった臨也さんが小さく笑う。
私だって臨也さんに対して色々思うところはあれど、こうして何かをしてもらえるというのは、純粋にありがたいと思う。


「そうだ希未」

「はい」

「こっちおいで」


何か思い立った様子の臨也さんに手招きされ、ソファーから腰を上げる。
ぱたぱたと寄っていけば彼は薄い何かを私に手渡し、にっこりと嫌な笑みを浮かべた。


「何ですかこれ」

「DVDだよ」

「観るんですか」

「うん。俺は飲み物用意するから、それセットしといて」


よくわからないけど、とりあえず言われた通りにDVDをセットする。
何の映画だろう。やっぱり臨也さんだからサスペンスとかかな。


「っていうかすごい今更ですけど、仕事は良かったんですか」

「本当に今更だね」

「臨也さんの方から池袋に行こうって提案してきたものですから」


すっかり忘れてました。
PCの置いてあるデスクに座っている姿を見て思い出したけど、大丈夫だったのだろうか。


「別に大丈夫だよ。昨日のうちにあらかた片づけておいたから」

「なるほど」

「はい紅茶。DVDできた?」

「あ、はい」

「じゃあ観ようか」


部屋の電気を暗くして、臨也さんと私の間にあったクッションを抱きしめる。
まぶしい画面に目を細めれば、隣の人が小さく笑った。


ナイト・シネマ


「ジャンルは何ですか」「見てのお楽しみ」


(…嫌な予感しかしない)

 



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