暗闇のブロッサム


日曜の夕暮れ時。
うそ。電車の窓の向こうは暗くなり、もしここが外であったなら、夕飯の香りが鼻をくすぐる頃。


「じゃあまたなー」

「また明日、柴崎さん」

「気をつけて帰ってくださいね」

「うん、みんなも気をつけて。また明日学校でね」


池袋に到着し、三者三様の別れの言葉を告げた3人が電車を降りる。
私だけが新宿に住んでるから仕方がないことだけど、失われた賑やかさに少しだけ寂しくなった。

あれから私たちは、適当に買ってきたお菓子やジュースを飲み食いしながら、いつも通りのなんてことない会話を繰り広げた。
場所が変わったからと言って私たちの会話に変化なんてのはなかったけど、私にはそれが嬉しくて、楽しくて。



――…っていうか。遅くなったら駄目って、何時からが遅いんだろう。



1人になった途端暗い考えが頭を支配しそうになったので、意識的に思考の方向を変えてみた。

たとえば21時は…多分臨也さん的には遅いだろう。
18時だったら夕方だし、たまにそれくらいに帰ることもあるから遅いとは言えないだろう。
けど19時、20時は?
……何とも微妙な時間に帰ってきてしまったものだ。
脳内での話題を変更したというのに、これはこれで頭が痛い。



《次はー新宿、新宿》



携帯に臨也さんからの着信が入っているか確認していたわたしは、車内アナウンスに意識を引き戻される。
着信はなし。とりあえず、まだ“遅く”はないらしい。










日曜だからと言うべきか、日曜なのにと言うべきか。
微妙な時間に新宿駅に降り立った私は、多すぎる人の波を器用に避けながら新宿の街を歩く。
…それにしても本当に綺麗だったなあ。臨也さんにも見せたいくら…、あれ?


「……臨也さん、一緒に行くかって、」


正臣からの電話でその話は流れちゃったようなものだけど、確かに一昨日、臨也さんはそう言った。
そしてその時私は嬉しくて、でも返事は一言もしてなくて。


「…嫌がるかな」


ぽつりとつぶやいた声は、人々の喧騒にかき消される。
あの時の臨也さんの言葉が本当かどうかはわからないし、本当だとしても、これからというのはさすがに嫌がるかもしれない。
けど、こんなの、気まぐれだけど。


「…かけてみようかな」


着信を確認した時から持ったままだった携帯に目を落とし、アドレス帳から臨也さんの名前を探し出す。
着歴か発歴からかければよかった、と耳に携帯を当てながら考えた瞬間、呼び出し音のコールが消えた。


『もしもし?』

「あ、臨也さんですか?」

『俺以外が出たらおかしいでしょ』


いや、もし臨也さんが何者かに襲われていたら有り得ないことじゃないですよ。
何だか棘棘しさを感じる物言いにそう言おうかとも思ったけど、グッとこらえて話を続ける。


「臨也さん、今から外出てきませんか」

『は?何で?』

「…桜が綺麗だから?」

『何で疑問形なの』


理由もはっきりしてないのに人を外に連れ出そうだなんて、だとかなんとか言ってるけど、どうでもいい。問題は来るのか来ないのかだ。


『っていうか、君桜見てきたんじゃないの』

「見てきましたよ」

『ならいいじゃん』


いいじゃん、というのは、つまり俺が行く必要はない的な意味で。
多少なりとも予想していた言葉だけど、実際言われてみると…ううん、何だろうこの気持ちは。
やっぱり、って思っているにはいるけど、寂しいというか、悲しいというか。


「…じゃあ、これから帰ります」

『何でテンション下がってんの?』

「別に下がってないです」


けど、たとえ嘘だとしても、誘ってくれたことが少しだけ嬉しかったから。
季節の移り変わりだなんて未来の私には苦痛にしかならないだろうけど、それでも今は、ただそれを受け入れるしかない私だから。
そしてそれを受け入れた私にとって、昼間に見た桜は圧倒されてしまうくらい綺麗だったから。


「臨也さんにも見てほしいって思っただけです」

『別に桜なんてどこでも見れるよ』

「…そうですね。だから気にしないでください」


きっとこれは女特有の、共感を求める感情に他ならないのだろう。
だとしても私は臨也さんにもこの桜を見てほしくて、だから今こうして電話したけれど。
…そうだよな。考えてみれば、臨也さんは臨也なんだから。


「何か買うものとかありますか。何もないならこのまま帰りますよ」

『…行かないなんて誰が言ったの?』

「は?」

『俺は希未に質問しただけで、行かないなんて一言も言ってない』


何だその屁理屈。
まるで子供のようなことを言う臨也さんに驚き半分笑ってしまいそうになったけど。そうだ、この人はこういう人だった。


『アルタの前いて。そのあとは夕食にしよう』

「わかりました」


その言葉を最後に一方的に切られた電話の向こうからは、ツーツーというむなしい音だけが聞こえてくる。
ため息を吐きながらも、いつもならいい気がしないその音が嫌じゃ無なかったのは、もしかしたら今日が初めてかもしれない。


気まぐれに得た景色


「っていうか、どこで桜見るつもり?」「えーと…夜桜が綺麗なのってどこですかね」

 



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